第四章 刻印
「過去に戻る儀式……ねえ。随分とオカルトチックな話じゃのう」
「私達も最初は信じられなかった。でも本当の事なの。私も真田君も天神小学校で起きた出来事を全部覚えてる」
「ああ。あの時生き残ったのは俺とユキの二人だけだった。俺達は全てを取り戻す為に儀式を行い過去に戻ったのだ」
「……」
仁王はしばらく黙り込んだ後、深いため息をついて軽く肩をすくめた。
「どうやら本当の事みたいじゃな。どうりで例のおまじないをした時にお前さん達が猛反対した訳ぜよ」
「だが止める事はできなかった。俺達はまた……仲間を失ってしまった……」
「蓮二君……」
真田から柳の死を伝えられたユキは悲痛な表情で俯く。
大切な仲間を守る為に、自分達はここへ来た。
だが幸村は呪いに魂を侵食され、ブン太達はまたしても理不尽に命を奪われた。
記憶を引き継いでいようと、常識の通用しない天神小学校では何の意味もない。
結局、死の運命を変える事はできなかった。
「……なるほど」
自分の腕を見つめながらぽつりと仁王が呟くように言った。
左腕に浮かぶ痣は今はもう肩にまで広がっている。
「仁王?」
「ところで、赤い服を着た女の子に会ったんじゃが……あの子について何か知らんかのう?」
「何?サチコに会ったのか」
「ほう、あの女の子がさっき言ってたサチコなのか」
「うん。この天神小学校を作り出した女の子。あの子は自分の体を見つけて欲しいみたい」
「現実世界のサチコは昭和28年に失踪したまま発見されていないようだからな」
「それでそのサチコを利用したのが冴之木七星という女か?」
「うん……わざと間違った方法をブログに載せて犠牲者を増やし続けてる……。サチコの思いを知ってたはずなのに、それを自分の為に利用したの」
「食えない奴じゃのう。まあ詐欺師の俺が言えた事じゃないが……」
言い掛けて仁王は口を閉じた。
地下に下りてからずっと異臭が漂っていたが、目の前に広がる光景はまさに地獄そのもの。
「っ……」
仁王の後ろに立つユキは通路に並ぶ棚を見て両手で自分の顔を覆った。
酒場のボトルのように無数に並べられた生首。
その中には救えなかった仲間達……柳、ジャッカル、柳生の首が並んでいた。
真田が無言のまま壁に自分の拳を打ちつける。
「……先を急いだ方が良さそうじゃ」
仁王はライターを持つ手に力を込めると、ユキの手を引いて先へと進んだ。
二人の後ろから真田が続き、三人はサチコの遺体が隠された最深部に到達した。
「この壁の向こうにサチコの遺体がある」
「なるほど、その為にスコップを持って来た訳か」
仁王がライターで壁を照らし、真田が地下道の途中で見つけたスコップを使って壁を壊した。
がらがらと音を立てながら岩壁が崩れ落ちて小さな白骨死体が姿を見せる。
「ユキ」
真田に呼ばれてユキは古い巾着袋を手にしたまま白骨死体に歩み寄った。
校長室から脱出する前に机の引き出しから見つけて置いたのだ。
真田がユキの持つ巾着袋から生々しい舌を取り出して頭蓋骨の口の中に入れる。
すると仁王が図工室で会った赤い服の少女……サチコが現れて三人を見上げた。
サチコはただごめんなさいと謝罪の言葉だけを繰り返す。
「あなたのせいじゃない。だから……もう泣かないで」
ユキは少し躊躇いながらもそっとサチコの頭を撫でた。
掌に伝わる凍てつくような冷たさがただ苦しかった。
「崩れ出したぞ……!」
天井から土や小石が降り注ぎ、三人はサチコが指差す通路へと走った。
「早く外へ!」
「昇降口……いや、渡り廊下だ!!」
真田が叫び、三人は2年A組の隠し通路を通って一階にある別館の渡り廊下へと向かった。
「切れ端を出せ、逆打ちをするぞ!切れ端を合わせてサチコを入れた人数分、あの呪文を唱えるんだ!」
「ああ」
「……えっ」
ポケットの中を探っていたユキは青白い顔で愕然とした。
切れ端を入れて置いた学生手帳が見当たらないのだ。
確かにスカートのポケットの中に入れたはずだ。
前と違い赤也を肩車していないのでスカートもポケットも切れてはいない。
だがどこを探しても手帳は見つからない。
「ユキ、どうした!」
「まさか……っ」
ふと思い当たったのは保健室で目覚めた時の事。
あの時幸村は階段の踊り場で気絶しているユキを見つけて保健室へ運んだと言っていた。
ブン太を探している途中で足を踏み外し階段から転落したのだ。
もしかしてあの時にどこかで落としてしまったのだろうか……。
「そんな……っ」
「ユキ、これを使いんしゃい」
愕然とするユキを見て、仁王がおまじないの切れ端を差し出す。
「え?これは……?」
「……ブン太の切れ端ぜよ」
「!」
「廊下に落ちてるのを拾ったんじゃ。同じ人形の切れ端でなければ逆打ちはできんのじゃろ?」
「ブンちゃん……」
ユキはそっと切れ端を受け取って祈りを捧げる。
「よし、やるぞ!」
真田の号令でユキと仁王が切れ端を合わせて目を閉じる。
繰り返された悪夢と惨劇。
救えなかった仲間達。
それでもやっと掴み取った一筋の光。
様々な思いを感じながらユキはただ静かに目を閉じていた。
「……ん」
ふと気づくと、そこは立海大附属中のミーティングルームの中だった。
窓の外は暗く、かすかに雨の音が聞こえる。
「……仁王?」
同じように立ち上がった真田も部屋の中を見回すが、どこにも仁王の姿はなかった。
「仁王!!」
廊下に飛び出して辺りを見回すが、静まり返った校舎内に人の気配はない。
「どうして……どこにいるの仁王!!」
駆け出そうとしたユキの腕を真田が掴んで首を振った。
「真田君?」
「……あいつは嘘をついたんだろう」
「嘘?」
一瞬何の事かわからなかった。
けれどすぐに察しがついた。
仁王から渡されたおまじないの切れ端。
それは確かに幸村達と誓い合った友情の証だったが、ブン太の切れ端ではなかったのだ。
「まさか……っ」
「……奴は自分の切れ端をお前に渡したんだろう。お前を救う為に……」
「っ……」
仁王が最後に見せた微笑みにかすかな違和感は感じていた。
それでもやっと仁王を救えたと、そう思っていた。
立海の詐欺師がついた嘘に最後まで気づけないまま……。
「嫌だ、こんなの……なんで……仁王!!」
切れ端を握り締めたまま、ユキは泣き崩れた。
最後の瞬間まで詐欺師を貫いた仁王。
拭えない傷跡。
変えられない死の運命。
ただ願うは……悪夢と惨劇に終止符を……。
→あとがき
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