第四章 刻印
「ど、どうだ、仁王……」
応接室のソファーに横たわるユキの側でブン太が廊下の様子を窺う仁王に尋ねた。
仁王は薄暗い廊下の奥を凝視して部屋の中に戻る。
「撒いたようじゃ」
それを聞いてブン太は深く息を吐いて胸をなで下ろす。
「夢中で逃げて来ちまったけどまさか他にも校舎があったなんてな」
「ちらっと見ただけじゃが、こっちは特別教室になっとるようじゃのう」
「もしかして柳達もこっちにいんのかな……」
「いたとしても、幸村があの様子じゃ他の奴らもあまり頼りにはできんぜよ」
「……」
常軌を逸した幸村の姿を思い出してブン太は俯く。
ユキの意識はまだ戻っていないが、あのままでは本当に命が危うかった。
彼女の細い首には幸村の手の痕がまるで羽を広げた蝶のようにくっきりと残っている。
「なんで幸村君が……おかしいだろ、あんなの」
「まあ確かに喧嘩ってレベルじゃなかったのう」
「どうなってんだよ……もう頭がおかしくなりそうだ」
「……案外そうかもしれん」
「は?」
ブン太が訝しげな目を向けると、仁王は壁に寄りかかりながら自分の考えを話した。
「あの冷静な幸村が幾ら理解し難い状況に置かれたとは言え、自暴自棄になるとは考えにくい」
「……ああ、俺もそう思う」
「だとすると考えられるのは、霊障とかの超能力的な何かが働いているのか、元々幸村が"そういう人間"だったのか……」
「んな訳ねえだろい。そりゃ幸村君は本気で怒ったら真田より怖えけど、女に手を上げるような奴じゃねえよ」
「なら答えは一つじゃ」
「……つまり幽霊の仕業って事か?」
「あくまでも可能性の話じゃ。あの様子じゃまともに話も聞けんからのう」
「そういや前に夏の定番特集で呪いとか祟りとかテレビでやってたっけ。霊に取り憑かれた奴のお祓いとか。けどあんなの俺達にはできっこないぜ」
「俺もオカルト方面には疎いからのう。参謀や柳生なら何か知ってるかもしれんが」
「お前って意外と現実主義者だもんな」
「人を夢のない奴みたいに言うのはやめんしゃい」
仁王はため息をつくとソファーで眠るユキを見て出口へと向かった。
「おい、仁王?」
「とりあえずここで考え込んでても仕方ないじゃろ。ちょっと辺りを見て来る」
「見て来るって、まさか一人で行くつもりか?」
「ここにユキ一人置いて行くよりマシじゃ」
「そりゃそうだけど……」
「ユキを抱えてちゃロクに調べ物もできんからのう。ブン太、ここは任せたぜよ」
「わ、わかったよ。何かあったらすぐ戻って来いよ」
「ああ。お前さんも気をつけんしゃい」
そう言って仁王は応接室の扉を開けるが、ふと視線を落とすと左腕の痣がまた少し広がっているような気がした。
ユキを抱えた時にぶつけてしまったのだろうか。
「どうした?仁王」
「いや……何でもないぜよ」
仁王は軽く腕を振って応接室を後にした。
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