喪失
「そういや…」
ふと森の中を歩きながら赤也が呟いた。
「何だ?」
「いや、たいした事じゃないんスけど…最近ユキの家に妙な張り紙がしてあって」
「張り紙?」
「嫌がらせっスよ。マネージャーやめろとか合宿には行くなとか。そんなのが書かれた紙があいつの家の玄関に貼ってあって」
「……」
「最近ユキが元気なくて、変だなと思って家に行ったんスよ。勿論、家の前の道路までっスけど。ま、どうせ俺らのファンが嫌がらせしたんでしょ」
「……いや、だが…もしかしたら…」
「?」
深刻そうな顔をする柳に、赤也は首を傾げる。
「おかしい。あれだけのセキュリティの中、玄関に張り紙など…。一般人に出来るはずがない」
「!、そういや…そうっスね。俺も何度か引っかかって警察呼ばれたり、あのシスコンキングに睨まれたりしたし」
「……」
柳はじっと考え込んで、呟いた。
「これは…重要なヒントだったのかもしれない」
「へ?」
「跡部が施したユキの家のセキュリティは完璧だ。一度だけならともかく、そう何度も敷地内に侵入できるはずがない」
「……」
「合宿…万全のセキュリティ…そして今回のプログラム…特待生…。この条件を満たせるのは一人しかいない」
「それは…」
誰っスか?と赤也が聞く前に、ぱぱぱ…という銃声が聞こえた。
「!!」
とっさに身を屈めたおかげで二人には当たらなかったが、またすぐ、ぱぱぱ…と銃声が鳴った。
「走れ!」
「!」
二人はそれぞれ武器を握って銃声とは反対方向へ逃げた。
走っている途中、チラリと後ろを見れば、追って来る亜久津の姿があった。
「亜久津…!」
「とにかく走れ赤也!森さえ抜ければ…っ」
二人は必死で走り続け、やがて森を抜け、民家近くの道路までやって来た。
民家の近くには小さいが頑丈そうな倉庫があり、その向かいには白いトラックが停まっていた。
「こっちだ!」
柳の指示で、赤也は倉庫の裏に隠れた。
ガンッガンッと弾が倉庫や民家の壁に当たる。
「クソッどうすりゃ…っ」
焦る赤也の隣で柳はちらりとトラックに目をやり、マグナムリボルバーの残弾を確かめた。
隙間から様子を窺うと、亜久津はウージー(サブマシンガン)を持っていた。
「…逃げ切れそうにないな。赤也、これを持って行け」
そう言って柳は手の平サイズの四角い機械を渡した。
「それで首輪をつけた者の位置がわかる。だがそれが誰かは判断できないから気をつけろ」
「柳先輩?」
「さあ、行け。お前はここで死ぬ訳にはいかないだろう」
「!!」
「ユキを守ると約束したのだろう?早く行け」
「柳先輩!」
「……生き残れ。赤也」
そう言って柳は倉庫から飛び出し、トラックへと走った。
「っ!」
赤也は悲痛な表情を浮かべるが、グッとショットガンを握りしめると柳達とは反対の方角へ走った。
後ろで激しい銃声が聞こえたが、柳の言葉を思い出し、振り返ることはしなかった。
「…行ったか」
赤也が逃げ切ったのを見て、柳はふっと微笑を浮かべた。
「後輩逃がすための囮か?ずいぶんと仲がいいんだな、立海ってのは」
柳に銃を向け、吐き捨てるように亜久津が言った。
「手がかかる後輩だが…あいつは必ず成し遂げる。俺はその後押しをしただけだ。…精市と弦一郎がしたようにな」
柳はそう言ってトラックのエンジン部分に向けてマグナムを撃った。
「!!」
一瞬まばゆい光に包まれたかと思うと、トラックは凄まじい音をたてて爆発し、炎上した。
立海参謀・柳蓮二は、怪童・亜久津仁と共に炎の中に消えていった――…
→あとがき
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