喪失
数分後。
千石の死体を下ろした柳は、引き裂かれた山吹のウェアから覗く、黒いチョッキを赤也に見せた。
「これ…まさか…」
「"防弾チョッキ"だ」
「!」
「どうやらこれが特待生に与えられる防具のようだな」
確かにこれなら頭か首を狙われない限り、死ぬ確率はぐっと低い。
「こんなん反則じゃないっスか。防弾チョッキなんて」
思わずそう呟いてしまう。
最もこの腐ったゲーム自体、反則だろうと思っているが。
「とにかく赤也、これを着ろ」
「……は?」
一瞬何を言われているのかわからず、赤也はきょとんとした顔で柳を見る。
「これって…千石の防弾チョッキのことっスか?」
当たり前だろうと言わんばかりに柳は頷く。
「ちょ…マジっスか」
そりゃ防弾チョッキは役に立つけど…千石…しかも死体が着てた物を着るのは…
「約束を忘れたのか?」
「へ?」
「ユキを守ると約束しただろう。お前が死んだら誰がユキを守るんだ?」
「っ…」
そう言われては赤也に返す言葉はない。
「……ずるいっスよ、柳先輩」
「そう言うな」
柳は微かに微笑を浮かべ、近くに落ちていた千石のディパックを調べた。
基本的に自分達の持ち物と一緒だったが、外のポケットに一枚のメモを見つけ、眉を寄せた。
「柳先輩、何かありました?」
しぶしぶ千石の防弾チョッキを着た赤也は、立海ウェアを着ながら柳に尋ねた。
柳は一通りメモに目を通した後、それを赤也に渡した。
「何スか、これ……!!!」
ぽけっとしてメモを見た赤也の表情は、見る見るうちに険しくなっていく。
"特待生のルール"
一、プログラムに関連する全ての事は他言を禁ずる。
二、プログラムについて他者に知られた場合は失格とし、失格者、知った者全員を処罰するものとす。
三、特別ディパック(殺傷能力の高い武器、防弾チョッキ)の所持を認める。
四、条件として≪立海大附属中の全員(幸村精市、真田弦一郎、柳蓮二、仁王雅治、ジャッカル桑原、丸井ブン太、柳生比呂士、切原赤也、跡部ユキ)の殺害≫を命じる。
五、条件を満たせない場合、優勝者になったとしても失格とし処罰する。
六、条件を満たし優勝した場合には、次プログラム担当者の権利を与える。
「何だこれ…ふざけんな!!何が条件だよ…っ」
メモを呼んで赤也は怒りを露わにする。
「やはり千石は事前にプログラムについて知っていたのだな。…あの落ち着き様は不自然過ぎた」
「……」
「千石に課せられた条件は、立海大メンバーの殺害」
「だからあいつ俺らを…っ」
「そうだ。…そして千石と同じ境遇の者がもう一人いる」
「!」
「おそらくその二人目はまだ生きている」
「じゃ、じゃあそのもう一人も俺らを狙って…っ」
「いや…坂持は条件は色々ある、と言っていた。同じとは限らない」
「他に何か条件が…」
「それをもう満たしているのか、まだなのかはわからないが…いずれにしろ危険だ」
「防弾チョッキ着てて武器持ってんじゃどうしようもないじゃないっスか」
「真っ向からの勝負では勝ち目はない、ということだ」
「?」
「どんな人間にも隙はある。その時の状況にもよるが、大切なのはいかに相手の隙をつくかだ」
「罠ってことっスか」
「こちらに分があるならば待ち伏せ、なければ相手をそこへ引き込む方がいい」
「……」
赤也はしばらく沈黙して、それから柳に尋ねた。
「先輩はもう一人の特待生…誰だと思ってるんスか?」
「…亜久津仁…だと考えているが、証拠はない。少なくとも立海大の中にいないことは確かだ」
「なんでそう言い切れるんスか?」
「俺達が分校を出てからずっと灯台にいたと精市から聞かなかったか?」
「聞きました」
「灯台についてすぐ弦一郎が全員の荷物をチェックしたんだ」
「真田副部長が!?」
「弦一郎なら間違いなく信頼できると、皆そう判断した。だから弦一郎が全員のディパック、私物を調べたんだ」
「…そうっスか」
「お前が特待生でないこともわかっている。…死にかけていたしな。それにお前は隠し事が苦手だ。事前に知っていれば何らかの変化があっただろう」
「うっ…」
否定できないことが少し悲しかった。
「残るはユキだが…もしユキに何らかの変化があれば、親友であるお前が真っ先に気づくはずだ」
「そうっスね…あいつわかりやすいし。家にいる時以外はほとんど俺と一緒だし」
「…それにユキは些細な争い事でも嫌う穏やかな性格だからな。まずありえないだろう」
そう言う柳はどこか優しげな笑みを浮かべていた。
「そろそろ移動しよう」
「はい」
二人は千石が持っていたマグナムとその弾丸を回収して、その場を後にした。
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