異変
通路をしばらく行くと、ふと男がある扉の前で足を止めた。
コンコンとノックすると、中から迷彩服の男が現れユキ達を招き入れた。
訳がわからないまま中へと入ると、そこにはズラリとパイプ椅子が並んでおり、正面のホワイトボードの前に一人の男が立っていた。
男は背はやや低いががっしりとした体格で、脚が短かった。
薄いベージュのスラックスとグレーのジャケット、エンジのネクタイをしめ、黒のローファーを履いている。
ジャケットの襟元は、政府関係者であることを示す桃色のバッジがついていた。
何より特徴的なのは髪型。
肩口まで、真っ直ぐ髪を伸ばしている。
まぁ、男のことはそれくらいにして。
といっても見ていたのは、ほんの一瞬だが。
なぜなら、男の前に並ぶパイプ椅子には、本来なら学校で合流するはずだった氷帝レギュラー達が座っていたからだ。
そして、その内の一人。
氷帝テニス部員200人の頂点に立ち、何より血を分けた兄である跡部景吾の姿に目が奪われた。
「お兄…ちゃん…?」
跡部は左の二の腕から血を流し、床に膝をついた状態で迷彩服の男二人に銃を突きつけられていた。
一瞬何が起こっているのかわからなかった。
いや、今もわかっていない。
けれど、反射的に体が動いた。
「お兄ちゃん!」
「来るな!!」
「!?」
駆け寄ろうとしたユキに、跡部の怒声が響く。
"シスコンキング"とレギュラー達にあだ名されるほど妹に優しい跡部が、ユキを怒鳴りつけるなど、初めてのことであった。
来るな、と叫んだ後、跡部は静かに「座れ」と言った。
「っ…」
ユキも幸村達も声もなく立ち尽くす。
驚くべきは、部長がこんな状態なのに氷帝レギュラー達が何も言わず大人しく座っていることだ。
「……」
目の前の光景に凍りついていると、
「…座るんや」
氷帝レギュラーの一人である忍足が首だけをこちらに向けて言った。
「侑…君…」
「はよ座りやユキちゃん。…その後ろの自分らもや」
忍足は眉一つ動かさずそう言う。
しかしユキは気づいていた。
忍足の拳が何かに耐えるようにギュッと握られているのを。
おそらく忍足達は跡部を人質に脅されているのだろう。
指示に逆らえば、殺す、と。
「…大人しく座った方が良さそうじゃのぅ、幸村」
「……っ」
幸村は動揺しながらも、静かに頷きゆっくりと椅子へと歩き出した。
そして立海メンバー全員が椅子に座ったのを見届け、長髪の男がパンパンと手を叩いた。
「はーい全員揃いましたねー」
場の雰囲気に似合わず、快活な声。
その男の隣で銃を突きつけられたまま、跡部はずっと男を睨んでいた。
そしてちらっと真っ青な顔をしているユキに視線を移し、固く唇を噛んだ。
→あとがき
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