「名前ちゃん?ああうん、そうだねえ。そろそろ人間かどうか疑わしいかもしれないね」


およそ従来の病院のイメージそのままに薄暗く、そして忙しない空間だった。医療処置も多く、病院特有の臭いは常に感じられる。それに加えてこの病院で働く看護師は古いしきたりや伝統に苦悩しているのが手に取るように分かった。
窓から見える木々は思い思いに羽を広げ成長している。その傍らでは今年も向日葵が咲くのだろうか。七月、日本では今、夏が始まろうとしていた。そんなとある日、新宿某所にある総合病院の一室には到底夏らしくない格好をした見舞い客が一人訪ねてきた。
「たまには青とか緑とか着てみたらどうですか?暑苦しいですよ、黒って」
「端から見る分には分からないだろうけどこれは夏使用。通気性も良ければ軽くてフットワークもこなしやすい」
ベッドに寝たきりの私の隣に椅子を引き折原臨也は相変わらずの無表情で淡々と答えた。しかし目線は自らが操る携帯電話である。
最近、友人が私に訊ねてきたことがあった。
『名前と臨也は仲が悪いのか?』
「私が人間か或いは彼の興味を持つ何かである限り愛されないことはないと思いますよ」
『随分な自信だな…質問しといてなんだが聞いているこっちが恥ずかしい』
「しかしおそらく正解ですからね。見ず知らずの人間でも折原臨也には愛されていると思えば世界中に誰からも愛されていない人間はいない。彼も否定はしないと思います。そう考えればなかなかどうしてあの変態な名台詞も立派な明言ですよ」
『物は言い様、だな』
「まあ…静雄さんを筆頭に例外もあるみたいですけど」
『…………』
「私、セルティさんのそれ好きです」
『それ?』
「画面に『………』って打って見せる仕草、かわいいです」
ニコリと笑えば彼女は照れくさそうに頭のヘルメットを掻いた。かわいらしいな、と見つめながら私は口を開く。
「それで、」



「ねえ聞いてる?」
気が付けば臨也さんは私に向かって不満そうな顔を向けていた。
「お仕事は終わったんですか」
「仕事っていうか最近は専ら趣味と興味の日々だよ。もちろんそれらが仕事にもなっているんだから楽しいね」
彼の楽しい日々の下にはどれほどの人間の苦汁が溢れているのだろうか。考えるだけ無駄だと分かっていてもまたは自業自得だと知っていてもご愁傷様と手を合わせたくなる。しかし彼に限らず世界というものは誰かの不幸の上に誰かの幸せがあるものだということを理解していた。
「手術明日だってね。また成功確率は数パーセントだって?」
「明日死んじゃうかもしれないから来てくれたんですか」
「はは、何言ってるの。君が死ぬわけないだろう」
たまたま俺のナイフが刺さっても偶然シズちゃんの暴力を受けちゃってもひょっこり事故に出くわしてもたまさか何度も難病になっても今まで何千回と瀕死を経験しても死ねなかったじゃないか。
「だけど明日は」
「死ねるかもしれない?」
「だってそうでしょう。私は運がいいだけの人間です」
「死にたいのに死ねないのは運がいいとは言えないよ」
下唇を噛み締める私に彼は追い討ちをかけるように一つの雑誌をこちらに渡した。
月刊ホスピタル、と記された雑誌には一カ所に付箋が貼られてあり私はそのページを開く。そこにはとある看護師の手術室の看護についてのインタビューがあったが見開きページに小さな字びっしりと書かれていたそれを私は最初しか読むことが出来なかった。
『手術を受ける人に、楽しい気分の人なんていませんよね。みんなさまざまな不安をかかえていますよ』
「手術を受ける度に楽しい気分になる君をまだ人間だと認識するべきなのかな、名前ちゃん」
目頭に溜まる水分の理由を私は必死で探す。



「それで、詰まるところそんな静雄さんにも基本的に笑顔な折原臨也が私に無愛想で無表情なわけが知りたいんですね?セルティさんも」
みなさん意外に他人に興味あるんですね、と笑うが案の定首無しライダーの彼女の表情は読み取れなかった。
『気に障ったなら…悪かった』
「気にしてないですよ、本当に。愛されてると思えば何てことないですから」
『…そ、うか。いや、なんというか…その、例えば人間じゃない私にだって、好いてくれるやつは、いるんだ。だから、その、』
「セルティさん?」
あの言葉の続きが今、分かった気がした。多分、セルティさんは私にしたような質問を臨也さんにもしたんだろうな、と。
そうして目から頬へ顎へと水分を流しながら、明日、人間らしく死ねるようにと願った。

正確に愛して無理なら殺して
君がまだ人間だと言い張るなら殺してはあげれないよ。俺は人間を愛しているから。

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