四季を見た。
当たり前に過ごしていた日常が崩れてから現在に至り約一年が経つのが分かる。正確な時間を得られない中で日本の四季は重要な情報だ。
「情報」という言葉を使うと私の雇い主を思い出す。懐かしい、なんて毎日毎日顔を合わせ言葉を交わしていたあの日常からは想像もつかない今を私は生きている。
十条若桜はシステムエンジニアであり私の雇い主でもある。

家族と触れ合う機会が少ないというのは何も珍しいことではない。田舎で暮らす両親と教育の為都会へ送られる子どもの形は国としてよくある家庭の形。支援策も十分な不自由無い生活を機械的に過ごす。おおよそ決められたルートをなぞるように歩いていた私に若桜との出会いは異質だった。

例えるならおもちゃ箱をひっくり返したよう。
痛々しく見える穴からギラギラと光るピアスも、見たこともないアナログな機械たちも、使い方の分からないデジタルな機械たちも、床を埋め尽くし溢れかえる物の量も、目に見えないものを扱う技術も、例えるならおもちゃ箱をひっくり返したよう。全体はぐちゃぐちゃに見えるけど一つ一つは興味深い。
「…つまり汚いってこと?」
若桜は問う。目は保護の為にゴーグルが掛けられており表情は謎だ。
私の部屋はお手伝いさんがいつも綺麗にしてくれてるからそこと比べれば確かに彼の仕事場は汚いと言える。足の踏み場も無いとはこの事だろう。本人はどうか知らないけど他人には何が何処にあるのか全く分からず不便この上ない。
「違うよ。楽しいってこと」
完璧に片付けられた部屋は使い易いけれど時に鬱陶しく思う。出掛ける前にめちゃくちゃにしても帰ってきたら元通り。有り難いのにどこか気持ち悪かった。
「え〜ホント?」
「本当だよ」
「すぐ嘘吐くからなー名前ちゃんは」
「じゃあ嘘か本当かご自慢の情報検索で読み取ってよ、システムエンジニアさん」
笑いながら言えば若桜は肩を竦めた。
「じゃあ名前ちゃんのこともっと教えてもらわなきゃねえ」
与えられる情報が例え嘘ばっかりで美しく形成されてる様に見えてもどこかで綻びは出て来るもんだよ。
頭に乗せられた彼の手が私に言い聞かせるように軽く撫でる。
思わず赤くなってしまい、恥ずかしさに口を尖らせた。
「子ども扱いしないで」
深く意味を考えようとしなかった若桜の言葉はふわふわと脳に入るだけだった。

十条若桜はシステムエンジニアで私の雇い主でもある。
一年以上も顔を見せていないからそれが現在進行形なのかは不明。そもそもこちらとあちら…梵天の言葉を借りるならあまつきと彼岸の時間の流れが分からない以上、私があまつきに来て一年なんて情報は役に立つとは思えない。

『今は料理の下ごしらえしてるところかなあ』

最後の電話で彼は言っていた。何の比喩かは詮索するだけ無駄なので「ふうん」と素っ気なく返し筈だ。彼の顧客である半さんが私を除け者にするから拗ねていた。だから、今、何をしているのか分からない上に比喩まで使われたから…そんな理由。つまらないこと。

ここに来る前から、私は若桜と連絡が取れなくなっていた。


真朱ちゃんが運んできてくれたお茶を横目に見る。あっちでは、若桜にコーヒーを淹れることも仕事の一つだった。忙しい彼だったから「めんどくさい」と食事を抜くことも少なくなかった。
…大丈夫かな。
面倒見のいい半さんが居るし、私が雇われる前だって生活は成り立ってたわけだし、もう新しい子見つけてるかもしれないし…連絡取れないってそういうことだったのかもしれないし…。
時間が経ってもまだ胸に違和感がある。案外、私が大丈夫じゃないのかもしれない、なんて苦笑した。


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