学生時代のこと。私と臨也は恋人という名目のもと付き合っていた。そのはずだったが何もなかった。淡い恋のエピソードも体の関係もなにもない。きっと私たちは恋人としては失格だった。
一目惚れや片思いが成就しての関係などという甘いものではなかった。だから仕方ないと言ってしまえばそれまでだ。ただもう少しお互いがお互いを思いやれば恋人としての評価にB判定くらいは貰えたと思う。仮に恋の神様が恋人たちを評価付けるとしたならば当時の私たちは最低評価だったに違いない。
そんな私たちを見かねてなのか呆れてなのかあるいは嫉妬か羨望だっかのか…友人は口癖のように私にこう尋ね続けた。

「名前は折原くんのことが好きなの?」

臨也の周りには私以外の女が腐るほどいた。その彼女たちと臨也が一線を越えた関係になることはどうやらなかったらしいが彼女たちの臨也に対する想いは凄まじいものだった。
所詮、折原臨也という人間は性格は二の次で外見だけでもてはやされている。
私はそう思っていたが付き合う中で次第に知ることになる。
どうやらそうでもないらしい、と。
純真無垢な女の子から頭のイかれたお姉さんまで幅広い層からのラブコールの内訳…外見と中身は僅差らしかった。そんな彼女たちを哀れに思っていた私には彼女たちからの嫌がらせなんて苦痛ではなかったし、彼女たちを咎めない臨也にも何の不満も抱かなかった。最初から臨也に期待なんてものをしていなかったからだ。
実を言うと私は臨也があまり好きではなかった。確かに外見に惹かれるものはあった。それは認めるし、臨也に話掛けられ頬を染めたこともある。だがやはり私は外見よりも中身が大切だと思っている。結果…性格に関して臨也に賞賛する点を見いだせない私の中で折原臨也という人物の評価はそれは低いものだった。

私と臨也が恋人を始めたきっかけは岸谷新羅という私の幼なじみの存在であった。
新羅は私が生きてきた中で一番の男である。一人の女性を一途に思える愛に私は心底惚れていた。形の見えない不確かな愛というものに私は初めて触れてみたいと思った。彼の愛に包まれてみたかった。

「臨也と付き合ってるんだって?」
「あ…うん。情報早いね」
「言いふらしてるよ。今日中に全校生徒が知るんじゃない?」
言いふらす…?いや、正確な表現は「どこかで噂を聞いた誰かが広めている」であり臨也本人は「言いふらしていない」はずだ。臨也は最初の一人にしか話していないだろう。口の軽そうな…例えば新聞部のあの女の子辺りに「俺彼女が出来たんだ」と一言零す。ああ、そこに意図があれば「言いふらした」ことになるのかもしれない。
臨也が「噂を広めよう」とした理由はよくわからないが付き合えたのが嬉しくてみんなに自慢したい、自分の所有物だと牽制している…ということでないのは確かである。

「明日から大変だろうね。名前に傷があるとセルティも悲しむだろうから手当てならいつでもしてあげるよ」
「ありがとう」
あくまでもセルティが基準であることに愛を感じる。
「それにしても物好きだとは思わなかったなあ」
「私が?臨也が?」
「どっちも」
「ふうん」

私は新羅に物好きだなんて言われる日が来るなんて思っていなかったよ。
そう言い掛けたが口を閉ざす。
瞬間、ガラッと教室の扉が大きな音をたてて開いた。先生かと思い扉に向けた視線の先には何時にも増して怖い顔をした静雄くんが立っていた。原形を無くした扉を気にも止めず静雄くんは教室を見回して大きく舌打ちをする。恐らくは臨也を探しているのだろう。目当ての人物が教室に居ないことを確認するなかで一度こちらに向けられた視線が止まったような気がした。
静雄くんが教室を後にしたと同時だった。「あ、」と声を漏らす新羅は苦笑いを浮かべる。
「静雄との友情も終わったかもね」
「私が臨也と付き合うから?…静雄くん、そこまで馬鹿じゃないと思う」
「んー…君は人を買い被り過ぎなんだって」
「そんなことないよ」
「臨也と静雄の喧嘩見てるくせによく言うよ。静雄の中では今葛藤だろうな」
「葛藤?…別に私は静雄くんの敵になったわけでも臨也の味方になったわけでもないけど。…何に葛藤してるって言うの?」
それ以上、新羅は何も言わなかったから話は流れそれっきりだ。
「まあ何はともあれ臨也と、おめでとう」
納得行かないが静雄くんの件より追求をしなかったのは微笑む新羅の顔を見てやっぱり好きだと思い知らされたからだ。













─どうやら寝ていたらしい。
夢の最後が新羅の笑顔だったからなのか、まだ寝ぼけているからなのか、微睡む私は幸せな気分になる。

「随分と幸せそうに寝てたよ」
タイミングよく渡されたコーヒーの温かさを感じながら脳は少しずつ働き出す。
「何の夢見てたわけ?」
「興味ないくせに」
「ないけど、余りにも幸せそうだったからさ。君の幸せが何なのかには興味あるんだ」
「…まるで私が幸せとは無縁みたいな言い方ね」
「違うの?じゃあ今幸せ?」
「不幸せ」
アンタと付き合ってから余計に幸せが逃げた気がする。
目の前で笑う臨也にそう言ってやりたかったがコーヒーといっしょに言葉を飲み込む。相手が悪すぎる。口で勝てるわけがない。
私と臨也の関係は恋人を卒業して仕事仲間となった。何かあったから別れたのではなく何もなかったから別れた。

「変わらない。つまらない」

臨也の一言で私たちの恋人関係は終わった。変わらないのもつまらないのも私と臨也の関係でなく、私と新羅の関係。だから言ったじゃない。新羅はセルティだけを愛してるって。心の中で呟いた。
つまり、臨也は良く言えば私と新羅のキューピッド役を買って出てくれたわけである。後から当時静雄くんが僅かばかり私に好意を持っていたという話を聞いた。ではキューピット役は建て前で「じゃあその子と俺が付き合ったらシズちゃん悔しがるんじゃね?」と言う理由が本音だっだのだと私は解釈している。とすれば私も臨也もお互いがお互いに恋をしているわけではなかった。恋人とはなんだろう。私と臨也は恋人だったのだろうか。恋の神様は私たちに最低評価どころか失格の烙印を押すに違いない。

「どうしようもない馬鹿だったね。私たち」
コーヒーはとっくに冷めてしまい飲む気は失せてしまった。しかし臨也が私にコーヒーを淹れてくれる機会なんて滅多にないことなので最後まで飲むことにした。別に臨也が淹れてくれたからと言って味はいつも私が淹れるコーヒーと変わらない。もっと言えば臨也が淹れてくれたコーヒーほど怪しいものも珍しい。体に良くないものが混入していても不思議ではない。それでも私が警戒せずに飲む理由は頼りになる大好きな闇医者の存在。
何かあれば彼はきっと助けてくれる。私に何かあれば彼の愛する人が悲しむに違いないからだ。

「今も馬鹿だと思うけどね」
私が一口飲んだのを確認すると臨也は曖昧に笑う。そんな彼をチラリと見て冷めたコーヒーに視線を戻す。
まあ、こういう日常も悪くはないのだろう。

アーユーシアワセ?
私は不幸ではないよ。



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