─ありがとうございました
風を背に受けお辞儀をする。荒々しく吹き荒れる風は老若男女が役者へ感動を伝える鳴り止まない拍手を連想させた。

深夜、都内某所の廃屋のこのビルで私の生涯は幕を降ろす。主演、私。観客は一名。それが私の十八年の終幕。しかし私は忘れない。この幕が上がり今日この閉幕の瞬間まで数え切れぬほど沢山の役者が支えてくれていたことを忘れはしない。
冷たい拍手は地鳴りを起こし足場は揺れた。
心残りが全く無いと言えば嘘になる。私という人間は未練が無ければそれを未練だと思うような人間であるのだから。しかしここまで来てしまえばそれらは取るに足らないものだったように思える。あるにはあるが明確なものはもう思い出せない。今はただこの劇を無事に綺麗に終われるようにと…ただそれだけだ。

背中を押す拍手はまだ鳴り止まない。
そうだ。今の心残りと言えば彼の名前を知らないことだ。最後の一人となった観客に名前を尋ねるという演出も悪くないでしょう?
そう思い立ち平均台の上で遊ぶように足を組み替え彼の方へと体を向ける。
「終わらすのが惜しくなった?」
咎めるような声色ではない。むしろ何かもかもを許してくれるような優しさから作られている甘い台詞。否定することも肯定することもなくその質問を無かったことにして私は口を開く。
「聞きたいことが出来ました」
「俺に?へえ…それは光栄だな。最期の最後に君は何を聞きたいの?」
「あなたの本名は?」
彼の唇が三日月を象った気がした。

私の十八年間という最初にして最後の劇は如何でしたでしょうか。お気に召さなかった方々には申し訳ございません。何せ初めてだったものですから沢山失敗もしましたね。挙げ句の果てに最後はお客様お一人となってしまいました。いいえ構いません。彼があっての私でした。私が今宵ここで幕を降ろしますことをご提案くれたのも彼でした。満月の今宵、私が私を演じる最後には勿体無い舞台を用意してくれたのも彼でした。

「教えてあげない」
「残念です。それはきっと私の最大の心残りなのでしょうね。 それでは…」
さようなら?
それは場違いな台詞ですね。もう次の舞台は彼が用意済みなのです。
ここで終わりそしてここから始まります。私の第二幕でお会い出来ることを願っております。それでは「またお会いしましょう」ね。

午前二時少しだけ宇宙が眠るから
幕を降ろし始めたそのとき、私は疑問を抱いた。奈倉さん…彼は本当にただの観客だったのか?私を支えてくれた役者だったのでは?劇を書いてくれた脚本家だったのでは?
されど疑問は抱いた瞬間風化する。墜落など一瞬のことなのだ。
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -