守られてる

――兄さんが大切なんだよ。
そう言って笑う雪男に守られて、強くなりたいなんて言ってもずっと足を引っ張っている。そう思うと燐は苦しくなった。
昔は燐の方が雪男を守ってやれていたのに、最近では守られてばかりだ。

「なっさけな……」

守りたい、なんて言葉にしたらきっと雪男は呆れるだろう。そんな顔が浮かんで、燐は眉を顰める。
誰かに頼ることを知らない雪男を、燐はずっと見てきた。それこそ、生まれたときからだ。
いつからだろう。雪男が泣かなくなったのは。
泣く代わりに、困ったように笑うようになったのは。いったいいつからだったのだろう。
ずっと傍にいたのに、燐には知らないことばかりだ。

「兄さん」

冷たい扉が開く。顔を見せた雪男と目を合わせて、燐は困ったように笑った。

「お前、なんて顔してんだよ」

泣きそうな顔をした雪男なんて、もう随分と見ていなかった。燐が懐かしいな、と思ってすぐ、雪男の温もりに包まれた。
縋るようにきつく抱き締められ、燐は泣きそうになってしまった。
依存している。それは燐も自覚している。きっと雪男も自覚しているだろう。
離れているなんて想像がつかなくて、置いて逝くなんてもってのほかだ。それでも、連れていくわけにはいかないのだけれど。

「ごめんな、雪男」
「謝るなら最初からするなよ、馬鹿兄」
「うん、ごめん」

燐が同じくらいぎゅっと力を入れると、雪男の腕の力がわずかに緩む。

「ごめん。雪男」

他に言葉が見つからない。いっそ罵倒してくれたらよかったのに。
燐はそっと目を閉じた。感じるのは雪男の温もりで、それ以外何もない。

「諦めないでよ、兄さん」
「雪男?」
「どうして諦めようとしてるの?僕は、兄さんのことを諦められない」
「お、前……!」

ばっと体を離されて、燐は雪男の目を覗き込んだ。

「何て目、してんだよ!」

熱の引いた、冷めた目をしている雪男の目なんて見る日が来るとは思わなかった。
燐が怒鳴りつけると、雪男は笑みを顔に張り付けた。

「兄さん、僕は僕のやりたいようにやるって決めたんだ」
「ま、待てよ雪男!」
「待て?待ってたら何が変わるの?兄さんを失うくらいなら、僕は何だってするよ」

雪男の目が燐を見ている。けれども、知らない人のような目だった。
何をするか分からない、なんてメフィストだけじゃない。燐にだって分からない。

「兄さんを失うなんて、耐えられない」

熱っぽい言葉なのに、目だけは冷静で。だから余計に燐には分からない。
大切な弟だ。同時に愛しい人でもある。そんな雪男だから、燐は傷付けたくない。

「雪男!」
「逃げるんだ。兄さん」
「はぁ?できるわけねぇだろ!第一、俺を逃がしたらお前だってどうなるか……」
「そんなのはどうでもいいよ」

どうしたら雪男を守れるのか。燐はそればかり考えていた。
今までずっと守ってくれていたのは雪男だ。だからこそ、燐は雪男を守りたいのに。
それなのに、一番の願いであるそれが、何よりも遠い。他の誰でもなく、雪男のせいで。

「兄さんを守るために祓魔師になったんだ!」
「それでお前が傷付くなんてごめんだぞ!」
「兄さんは何も分かってない!」

こんなところで喧嘩なんてしたら、誰かが見にくるかもしれない、なんて二人の頭にはなかった。お互いにただ相手を守りたいだけだ。
何よりもそれが、今一番難しいことだとしても。

「兄さんがいなくなったらどうしたらいいのか分からない」
「だけど、俺だってお前が傷付くのなんて見たくねぇよ」
「なら、僕だって同じだよ」

不意に雪男の目が淋しげに揺らいだ。そんな顔をしてほしくなくて、燐はぎゅう、と雪男に抱き着いた。
離したくない。離れたくない。そんなこと恥ずかしくて口になんて出せないけれど、伝わればいいと思う。燐は浮かびそうになった涙を必死で堪えた。

「だめだ、雪男。お前ばっか守りたいと思ってると思うなよな」
「それでも僕は、兄さんがいなくなるなんて無理だ」
「雪男?」

雪男の手がコートの内側から何かを出そうとしているのを感じて、燐は慌てて体を離した。

「お、まえ……」

何するんだ、と続く言葉は音にならなかった。
雪男の手には注射器が握られていて、燐は薄れていく意識の中で雪男の顔を見た。泣きそうに歪んだ、雪男の顔を。

「お休み、兄さん」

守りたいと思っているのに、守られてしまう。そんな自分が悔しくて、燐は意識をなくしながら涙を流した。


つづく


ヤンデレっぽくなってしまいましたが、こんな雪男も好きです。


11.10.24


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