罪状は生存

「ここ、どこだ?」

ひんやりとした寒さに襲われ、燐は目を覚ました。体がぶるりと震える。
頭がズキリと痛み、顔を顰めた。どういう状況なのか、はっきり理解できない。
周りを見渡しても、冷たいコンクリートの壁が見えるだけだ。
どうしてこうなったのだろう。燐は首を傾げた。
確か、燐は候補生たちと一緒に買い物に出ていた。そこで悪魔に遭遇してしまった。
危険だと全身が察知し、町の人を助けようとした。

「うん?」

そこから先の記憶がない。助けようとして、自分がどうしたのか燐は覚えていなかった。
ここがどこなのか。自分がどうなったのか。何もかも。

「お目覚めですか、奥村君」
「メフィスト!」

冷たい鉄のドアが開き、メフィストが入ってくる。外の光と白い恰好が眩しく見え、燐は目を細める。

「まったく、とんでもないことをしでかしてくれましたね」
「俺、どうなったんだ?そうだ!悪魔が出たんだ!」
「そちらは収拾しました。問題は君ですよ、奥村君」
「俺?」

きょとんと不思議そうに見つめると、メフィストは呆れたようにため息を吐く。
無事だったのなら、それはよかったのだけれど、メフィストの態度が分からない。
また何かやらかしたのかと、燐の体が硬くなる。こんなところに入れられているのだ、ただではすまないだろう。
あれほど心配していた雪男に対して大丈夫だと言った手前、気になる。

「残念です、奥村君。君の処刑が決まりました」
「は?しょけい?」
「ええ。街中で青い炎を使いましたね。これはまずいことです。非常にまずい」

ようやく言葉を理解して、燐は目を見開いた。
処罰でなく、処刑だ。つまり、死を意味する。
不意に雪男の心配そうな顔が脳裏に浮かんだ。

――本当に大丈夫なんだろうね?
――余計な騒ぎ起こさないでよ?
――兄さん!

雪男の心配していた通り、やってしまった。燐は項垂れた。
こればっかりは笑えない。大丈夫だと言ったのに。

「青い炎に負け、暴走したことを覚えてますか?」
「いや……全然覚えてねぇ……」
「……そうですか」

どうしよう、となんて思えなかった。以前暴走したときのように、なんとか命をつなぐことはできないだろうか、と思うが、こうしてメフィストが現れたことは、もう決まってしまったのだろう。
処刑。つまり、死ぬ。志半ばで。大切な半身を置いて。
こういうとき、どんな顔をしていいのか、何を言葉にしていいのか、燐は知らない。
らしくもなく燐が呆然としていると、メフィストが傘で冷たい床をとん、と突いた。

「君を死なせることは藤本神父との約束に反しますが、決まってしまったものは仕方ない」
「そ、うだよな……」
「とはいえ、納得して下さらない方がいましてね」
「え?」

燐が顔をあげると、メフィストはにんまりと悪戯っぽく笑った。

「このままではより面倒なことになりかねません。何しろ彼は、君のことになると多少の無茶なんて平気でやりますからね」

彼、とメフィストはぼかして言ったが、そんな人物は一人しかいない。雪男だ。
つらそうに表情を歪めて、傍にいたいんだ、と呟いた姿を頭に浮かぶ。
普段は理性的な雪男だが、その実、熱いところがある。規律に反することをするとは思えない燐だが、心配になった。

「雪男は、どうしてるんだ?」
「わかりました、と聞き分けよく言ってましたが、何をするのやら。どうします?」
「ど、どうするって……」

このところは穏やかな姿ばかり見ていたが、雪男は激昂すると手がつけられなくなる面も持ち合わせている。
そんなとき、いつも雪男を引き留めるのは燐の役目だった。獅郎でも他の誰でもなく。
雪男が燐のために何かしようとしているのであれば、止めなくてはいけない。自惚れかも知れないけれど、雪男は燐のためなら何でもしてしまいそうなところがあるから。

「あいつと話がしたい」
「本来であれば許されないことですが、特別にそのように処置します。その先のことは考えてますか?」
「何も。でも話さねぇとヤバい気がするっつーか……」
「さすが双子の兄弟ですね」

ふ、とメフィストが笑う。燐には意図が分からず、ただ見つめた。

「では、後ほど奥村先生を連れてきます。ああ、そうだ。決定が翻ることはない、と先に言っておきますよ」
「……ああ」

燐の返事を聞き、メフィストは出ていった。再び一人残される冷たい空間に、燐は肩を竦めた。
死ぬべきなのか、生きるべきなのか。燐には答えが出せない。
生きたいと思う。死にたいとは思えない。それでも、生きていることが罪であれば。

「あー……しょうもねぇなぁ、俺……」

雪男に何を言えばいいのか分からない。どんな顔をしてもいいのか分からない。
けれども今、無性に雪男に会いたかった。怒鳴り声でもいいから、声が聞きたかった。


つづく


色々ありすぎると頭真っ白になりますよね。


11.10.18


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