君守りたい

燐を守る。
それは雪男にとって亡き父との約束であり、ある種の存在意義だ。幼い頃よりそう心に決め、生きてきた。
大切で、かけがえのない、己の半身。
それが雪男にとっての燐である。
失うことなんて考えられず、手放すことなんて考えていない。
それなのに、なぜ、いつも燐自身がそれを脅かすのだろうか。



「奥村燐の処刑が決まりました」

一瞬、雪男にはメフィストが何を言っているのか分からなかった。否、解りたくなかった。

「なぜですか!確かに兄は、奥村燐は力を解放しましたが、あれは……!」
「分かってます。あれは私のミスでもあります」

燐が処刑される。祓魔師に。
父が誇りをもって勤め、雪男もまた、祓魔師である。
それなのに、その祓魔師がたった一人の大切なひとを奪うというのだ。
馬鹿馬鹿しくなる。これまでしてきたことは、すべて無駄になってしまうのだ。

「……わかりました」
「奥村先生?」
「失礼します」
「待ちなさい。話はまだ」

呼び止めるメフィストを無視し、雪男は部屋を出た。
どうしたら良いのだろう。どうしたら良かったのだろう。
雪男には分からない。
失いたくないものばかり喪うだなんて、そんなことに耐えられるほど、雪男は大人ではなかった。
何をおいても守ると決めた。例えそれが、世界を敵に回すことだとしても。

メフィストは何を考えているのか分からない以上、頼る相手として選ぶことはできない。
獅郎の弟子であり、燐の師匠であるシュラはどうかと考えたが、素直に頼れるほど、雪男は彼女の思惑を理解していない。

「……とうさん」

燐を守りたい。たとえ、命に代えてでも。そのためなら、何だってしたい。
急に周りが真っ暗になったみたいで。雪男は今自分がどこに立っているのか分からなくなりそうだった。
無条件で信頼のおける父は、もうこの世にいない。

「雪ちゃん!」
「しえみさん……教室で待機するようにと」
「燐は?」
「それ、は……」

原因は何?理由は?意図は?
頭のどこかで誰かが雪男に問う。
原因は、悪魔。理由は、燐。意図は、そんなものはない。

「みんな揃っている場所で説明します」
「うん……」

説明なんて、どう話していいのかまだ分かっていないけれど。
雪男はしえみの方へと顔を向けると、小さく笑みを浮かべた。



****



「皆さんに集まってもらったのは他でもありません、奥村君のことです」

全員を教室に集め、雪男は意を決して言葉を紡ぐ。
ここから先、雪男が話そうとしていること、やろうとしていることは、祓魔師としてのものではない。燐の弟である、雪男のものだ。
彼らには話そうと思ったけれど、彼らを巻き込もうとは考えていない。

「処刑されることが決まりました。多くの人々の前で、青い炎を出してしまったことと、その炎に負け、悪魔の力を解放してしまったことが原因でしょう」
「ど、どうして!燐は悪くないのに!」

しえみの言葉は雪男にとって救いとなる。そう言ってもらえることで、雪男は少し、冷静さを取り戻した。
そう、燐は何も悪くない。ただ、助けたかっただけだ。

「もしかしたら、奥村君は生まれてきたことこそが、罪なのかもしれません」

雪男のその言葉に、勝呂が立ちあがった。
がたんと椅子を倒し、雪男の前までくると遠慮なくその胸倉を掴む。目は、真剣そのもので、怒りを帯びていた。

「それ、本気で言うてはります?」
「ぼ、坊!やめ……」
「黙っとれ、子猫丸!奥村先生、あんた奥村の弟やろ。血を分けた、双子の!なのに、なんであんたがそないなことを言うんや!」

雪男だって、自分で言いながらこんなこと言いたくないと心が叫ぶ。けれども、まずは、祓魔師たちの持つ認識の上で話したかった。
燐が生まれてきたことが罪なのであれば、それは雪男も同じだ。双子なのだから。
睨みつけてくる勝呂を見つめ、雪男は小さく息を吐いた。

「これが、祓魔師の認識だからですよ」
「雪ちゃん……」
「奥村燐は危険だ。生かしておくべきじゃない。上はそう考えてる。意味が分からないよ。何でそう思うのか、僕には理解できない」

一度口にしてしまえば、あとは決壊するように、次から次へと本音が漏れ出す。
本当は誰にも言うつもりがなかった。燐にも。
雪男がどんなに叫んだって、祓魔師の持つ奥村燐への印象は変わらないのだから。

「何で兄さんが処刑されなきゃならないんだ!分かってる。これが魔神の落胤として生まれた兄さんの宿命なんだって。僕だって兄さんに直接言ったさ。死んでくれ、ってね!」
「言う、たんか……奥村に、そんな……」
「本心だと思いますか?」
「え?」

誰も知らない。雪男と獅郎以外、誰も。もしかしたら、メフィストとシュラは気付いているかもしれないけれど。
雪男が祓魔師となったのは、燐を守るためだった。
最初は悪魔から守るためだと思っていたが、もしかしたら獅郎はこういったことを想定したのかもしれない。

「僕が祓魔師になったのは、兄さんを祓魔師から守るためですよ、勝呂君」

本当はずっと、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。雪男はそう吐き出すと、肩の力を抜いた。
対する勝呂は、目を丸くして雪男を見ていた。

「皆さんには言っておきます。僕は奥村君を逃がそうと思ってます」
「逃がす?ちょっとそれ冗談じゃないのよね?」
「ほ、本気ですか、若先生……」

驚く候補生たちに向かって、雪男は真顔で頷いた。


つづく


いきなりシリアス展開にしてみました。


11.10.14


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