踏み出せば、ほら簡単

さてどうしようか、と燐は考えていた。何はなくとも、雪男を放っておけない。それが燐の中にある結論だ。
記憶のない雪男は、二人が兄弟以上という関係であることを知らない。燐が雪男に対して弟である以上の想いを抱いているなんて、今の雪男は思ってもいないだろう。

「何にも知らねぇあいつに、言えねぇよなぁ……」

ふぅ、とため息を吐いてしまう。雪男は何も悪くない。元はと言えば、任務に勝手についていった燐が悪い。
突き詰めればそうなってしまって、燐はもうどうしていいのかさっぱり分からなかった。

「あー……うー……」
「さっきからぶつぶつと、どうしたの?」
「ゆ、雪男!」

振り向けば、呆れた顔の雪男がいる。その表情を見て、燐はほっとした。

「おかえり。遅かったな」
「うん、ちょっとね」

余所余所しい。ばち、っと合った視線が、不自然でない程度に逸らされる。もうこれで何度目だろう。燐は眉を顰めた。
ぐるぐる考えたって正しい答えなんて見つからない。なら燐にできることは、まっすぐ雪男にぶつかることだけだ。

「雪男!」
「うん?」
「あ、あのな……その、俺……」

考えるより先に、口が動く。伝えたいのはただ一つ。

「俺、お前が大事なんだ!」
「燐?」
「何で避けてんのか知らねぇけど、お前が離れてくのは嫌だからな!お前にとっちゃ俺は、見ず知らずの人間なのかもしんねぇけど……」

好きだから、とは言えなかった。本当は最初に好きだって言ったのはお前だろ、と言ってやりたかったけど、記憶がない雪男にそれを言うのはフェアじゃない。
燐が睨むように見つめていると、雪男は目を丸くしていた。それからすぐに、困ったように微笑む。

「僕だって燐が大切だよ。誰よりも、何よりもね」
「だったら何で避けんだよ!」
「……僕は、燐が好きなんだと思う」
「へ?」

ぽつりぽつりと紡ぐ雪男の言葉に、今度は燐が目を丸くした。
好きだと言った。記憶がないはずの雪男が。燐のことを。

「燐が好きなんだ。だから、みっともないけど……その、嫉妬してたんだ。奥村雪男に」
「はぁ?何で自分に嫉妬するんだよ?」
「だって燐の見てる奥村雪男は、僕じゃないだろ?記憶を取り戻したいって思う気持ちは変わらないけど、僕が僕として燐を好きだって気持ちも本物だから。どうしたらいいか分からなくなったんだ」

まっすぐ見つめて言われ、燐はかっと顔を赤く染めた。直球すぎる。あまりにも。
そんな燐を見て、雪男は優しく微笑んだ。

「燐のためにも記憶は戻った方が良いんだろうけど」
「バカだろ、お前」
「バカ……そうかもね」

雪男は馬鹿だ。燐はそう思う。いつだって自分以外のことに心を砕いて、表面は気付かせないまま傷付く。
心底馬鹿だと思う。けれども、それ以上に愛しくて堪らない。

「記憶が戻るのは俺のためじゃねぇ。お前のためだろ!つか、記憶なんて戻らなくても、俺はお前がここにいてくれりゃそれでいいんだよ!」
「燐……」
「魔障がお前に何の影響もなきゃ、俺はそれでいい」

雪男が幼い頃の、獅郎との思い出の中に燐がいないのは、本当は少し淋しいけれど。それでも、雪男がいなくなることに比べたらずっとましだ。
一息で燐がそう告げると、雪男は泣き出しそうに表情を歪めていた。こんな顔を見るのは、もう随分と久し振りのことだ。

「燐は優しすぎるよ。そうやって、僕には出せない結論を簡単に出しちゃうんだね」
「俺だって、お前のことが好きだからな」
「じゃあやっぱり、記憶取り戻さなきゃね」
「おい、俺の話聞いてたのかよ……」

何でそういう結論になるんだ、と燐が呆れた顔をすると、雪男の手が燐の頬に触れた。こういう触れ合いは随分と久し振りのことで、思わず燐は頬を染める。
そんな燐を見て、雪男は満足そうに微笑んだ。

「やっと分かったんだ。ただ兄弟なだけじゃ嫌だって。多分それは、僕だけの感情じゃなくて、記憶をなくす前も同じだったんでしょ?」
「え?あ、ああ……まあ……」

雪男の方からそう言われると妙に照れ臭い。思い出すまでは、口にするまいと思っていたのに、燐には否定する材料がなかった。
双子で、男同士で、恋人。普通に考えたらあり得ないだろう。
けれども、手放せないのだ。もう、何があったとしても。

「ならさ、記憶なんて取り戻して、目いっぱい燐に触れたいよ」
「ふ、触れたいってお前……」
「今のままじゃ中途半端だろうし。だから、これだけで勘弁しておいてあげるよ」

前髪をさら、とかき上げられると、ちゅ、と優しく雪男の唇が燐の額に触れる。柔らかな唇の感触に、燐は一気に耳まで赤くなった。

「な、なん、なっ!」
「続きはまた今度ね、兄さん」

意地悪くそう言って笑うと、雪男はまるで子供扱いするかのように燐の頭をぽんぽんと撫でた。


つづく


もだもだ考えていては埒が明かない、と燐なら行動に起こしそうだと思います。
逆に雪男は限界までぐだぐだ考え込みそうな気がします(笑)


11.06.12


[←prev] [next→]

[back]

[top]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -