すれ違う心たち

メフィストの計らいで、雪男と燐は悪魔の調査に加わった。燐がまだ候補生であることと、雪男が一度悪魔の影響を受けていることから渋る者もいたが、遭遇したのがこの二人だけ、ということもあり、なんとか調査にあたることができた。
メフィストがどういうつもりか知らないが、燐には好都合だった。もしまたあの少女に出会えたら、雪男の記憶を取り戻せるかもしれない。それは燐の望むところだ。
ただ、燐が気になっているのはそれだけではない。あの少女の、否、悪魔の残した言葉が、燐の頭に残っている。

「妙に静かだけど、どうかした?」

不意に声をかけられ、燐は弾かれたように雪男の方を向く。心配そうな目が燐を見つめていた。

「なんつーか、あのときの言葉が気になって……。んな心配そうな顔すんな!」
「心配にもなるよ。あのときの状況を僕はちゃんと認識してない。どうしてこうなったのかも、よく分かってないんだから」
「あいつ、お前を見てあったかいっつったんだ」
「え?」

これは誰にも言っていない。混乱がひどくて、つい報告し忘れていたため、燐しか知らないことだ。何のことかと首を傾げた雪男を、燐はまっすぐ見つめた。
雪男は知らなくてはいけない。何しろあの悪魔の狙いは、燐の予想が正しければ、雪男なのだ。

「あったかい。きれい。ほしい。そう言ってお前のこと見てた。だからなんつーか、雪男が危ねぇような気がして……」
「……それで僕の記憶が欠落したのか」
「半分は俺のせいだ。俺が飛び出して、そしたらあいつが俺に向かって白い光をぶっ放したんだ」

それで、雪男が咄嗟に燐を庇った。あのとき、雪男が燐の前に立ちはだかっていなかったら、燐はどうなっていたか分からない。
思い出して、燐は眉を顰めた。雪男と違って燐は悪魔だ。悪魔の攻撃を受けようとも、すぐに回復する。それは雪男も知っているはずなのに、どうしてあんな無茶をしたのだろうか。燐は内心、憤っていた。

「俺のこと庇う必要なんかねぇのに……」
「何言ってるの?」

拗ねるように燐が言うと、聞き捨てならない、と雪男が声のトーンを落として問う。燐はびくりと肩を揺らした。雪男がこうした口調をするときは、怒っているときだ。それも、かなり。
学校でも祓魔塾でも、雪男が落ち着いているだの、大人だの、温厚だのと、皆様々に言うが、その本質は結構短気だ。もちろん、それは気を許した相手にしか見せない一面で、今では燐くらいしか知らないのだけれど。

「燐の記憶を持ってる奥村雪男は、燐が危険な目に遭うのが許せなかったんだと思うよ」

自分のことなのに、まるで他人のことのように雪男は語る。それが以前と今とでは別人だと言っているように思え、燐は下唇を噛みしめた。

「だけど、お前……」
「燐の知る奥村雪男も、今の僕も、本質はきっと変わらない。だから、たとえ自分の身が得体のしれない状況でも、燐が無事でよかった、って思ったのは同じだよ」
「俺は!そんなのは嫌なんだよ!」

おそらく、雪男は誰よりも燐を想っている。前に雪男自身が甘ったるい声で燐にそう告げていたし、ひどく照れるけれど、燐もそれを受け入れた。燐だって同じように雪男を想っているのだから、おあいこなのだけれど。
だからこそ嫌だった。雪男が燐のために、自分を犠牲にするなんて。燐はたとえ自分が無事であっても、雪男が傷つくところなんて見たくない。

「いくら俺が無事でもな、お前が怪我すんのも危ない目に遭うのも、嫌なんだよ!」
「燐……」
「分かれよ、バカ!このホクロ!眼鏡!」

横たわった雪男を見たとき、どれほど燐が怖かったか、きっと雪男は知らない。どれほど燐が苦しかったか、雪男は想像もしないのだろう。
頭がよくて、察しもよくて。なのに肝心なことは何一つ分かっていない。雪男が燐を想うように、燐も雪男を想っているということも、もしかしたら、雪男は分かっていないのかもしれない。

「ご、ごめん……」
「は?」

怒鳴り付けた勢いのまま雪男を睨みつけていた燐だが、眉を落とし、素直に謝る雪男に思わず言葉を失った。怒りに任せて怒鳴り付けたものの、いざ素直に謝られると何と言えばいいか分からなくなる。

「お、お前に言ってもしょうがねぇよな……悪い」
「そう、だね……」

困ったように笑う雪男を見て、燐も苦笑するしかなかった。どうしたらいいのか分からない。今の雪男とこの前までの雪男は、まるで別人のようだから。


つづく


想いは向き合っているのに、微妙にズレが生じてすれ違う、そんな感じです。


11.06.02


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