僕が君にできること

「異常は見られませんね」

祓魔塾の授業後、雪男は毎日検査を受けている。人間であるかどうかの検査と、先日悪魔から受けた影響についてだ。
日常には支障のない、記憶の欠落。雪男の状態を見た祓魔師はそう判断した。燐のことだけを忘れているなら、祓魔師として、奥村雪男として、生活は可能だ。

「記憶の欠落については、特殊な例でもありますので、悪魔の方を調査しないことには何とも」
「調査は進んでいるんですか?」

あの一件以来、雪男は任務から外されていた。現状、祓魔塾の講師としての仕事しか
していない。だから進行状況はまったく知らなかった。

「姿を見せないんですよ。あれきり、ね」
「……そうですか」

困ったような笑いをされては、これ以上何も聞けることはないのだろう。雪男は頭を下げ、部屋を出た。


***


寮への道のりを歩きながら、雪男は燐のことを考えていた。燐は双子の兄で、魔神の落胤で。メフィストから聞く限りでは、雪男は燐を大切に思っているらしい。
分かることはそれくらいだ。記憶をなくしてしまったせいで、雪男には燐がどんな人物なのかをよく知らない。

(双子、か……)

雪男が燐を呼ぶたび、燐は照れたような顔をして、それからすぐに淋しそうにする。決して不快ではないが、心の奥が抉られるような、そんな痛みを感じた。
この痛みは、何だろうか。雪男は小さくため息を吐いた。
記憶はないはずなのに、燐との生活は雪男にとってとても自然だ。燐が傍にいることに安堵し、その目が“雪男”に向けられていることに焦燥感を抱く。

「……燐」

おかしい。どうかしている。燐を、兄を、抱き締めて離したくないと思うなんて。
雪男は燐の記憶を持つ以前の自分を、ひどく妬ましく思った。それが自分自身であっても、燐を奪われたくない。

「どうかしてるな、僕は……」

立ち止まり、言葉を漏らす。燐のことになると、雪男は自信がなくなる。前の自分なら、どうだったんだろうか。

「お帰りですか、奥村先生」
「……フェレス卿」

目の前に現れたのは、メフィストだった。目が何かを見透かしているようで、雪男は肩を竦めた。

「奥村君が例の雑木林に行ったそうです」
「は……」

あの雑木林には、依然として正体の分からない悪魔が潜んでいるというのに、危険も省みず、燐は行ったのだとメフィストは言う。雪男はため息と同時に頭が痛くなった。
いまだ、雪男は燐がどんな人物なのか理解しきっていないが、無茶だと思う。燐はまだ候補生で、祓魔師ではない。

「記憶を取り戻すには、原因に聞けばいいと思ったのでしょうね」
「そういうこと、ですか……」
「どうします?奥村先生」

一体何が、と雪男は眉を寄せた。メフィストの口ぶりからして、雪男に何かしらのアクションを求めているのだろう。それはきっと、燐が関わっている。
どうしたらいいのか、雪男にも分からない。確かにこの前の悪魔を捕らえ、記憶について聞き出せばそれで済む話だ。しかし、どうもそれだけで終わるような、そんな簡単なものだとは思えなかった。

「失礼。質問を変えます。どうしたいですか?奥村先生」

本当に人が悪い。雪男はため息を飲み込む。
どうしたいのか、それさえも雪男には分からない。ただ、燐が身の危険を無視するくらい取り戻したい記憶を、雪男も知りたいと思った。

「何が最善かは分かりませんが、できれば僕も接触できれば、と思ってます。今後他の人たちに、僕と同じようなことをしないとは限りませんし」
「模範的な回答ですね。分かりました。明日、奥村君と二人であの雑木林へ」
「ありがとうございます」

燐に寄せる想いは、雪男のものであってそうでない。だから知りたかった。雪男は自分が、どれくらい燐を想っているのかを。


つづく


ちょっと雪男のターン。
ちょこちょこいろんな人の視点で書きたいと思います。


11.06.01


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