あいつ≠あいつ≒あいつ

翌日、雪男と燐は一緒に登校し、昼食も一緒にした。燐の作った弁当を見て、雪男は感嘆の声を漏らし、おいしいと言って食べた。
普段は特別、そんなふうにやたらめったら褒めることがないせいか、燐はとにかくもう照れ臭くて、でも嬉しかった。記憶がなくても雪男は雪男で、目の前にちゃんといる。

「そういやお前、授業どうすんの?悪魔薬学の」
「やるよ。悪魔の影響は抜けてないけど、特別問題はないからね」
「ふーん……」

問題なら大有りだ、と言ってやりたい燐だった。雪男は燐のことを覚えていないだけで、あとの生活に問題はなさそうだけれど。
淋しい、と思ってしまうのは、口うるさかった雪男に、小言を言われなくなったからかもしれない。とにかく優しくて、逆に淋しいだなんて。

「燐は候補生なんだよね。僕は準備があるから行くけど、またあとで」
「ああ、あとでな」

泣きそうな気持ちをぐっと抑えると、燐は笑って、歩いていく雪男を見送った。


***


放課後、祓魔塾の授業が始まる。先程言っていた通り、雪男は何の問題もなく授業を進めている。

「来週はここの小テストをしますので、何か質問があれば受け付けます」

普段通りの雪男。まるで燐がいなくても、雪男には何の影響もないように感じる。それが淋しくて苦しくて、ひどく腹立たしい。
燐の握りしめているシャーペンがメキメキと悲鳴をあげ、ついにはバキッと哀れな音を立てて折れた。破片で切ってしまったのか、手からこぼれた血がノートを汚す。

「燐!大丈夫?」
「へ?あー、大丈夫だろ。こんくらい」
「血が出てるよ。止血しなきゃ!」

すぐ隣にいたしえみがあわあわと鞄を漁る。これくらい、燐ならすぐに塞がってしまうだろう。
大丈夫、と燐がもう一度しえみに言おうとすると、右手を引っ張られた。

「……結構深いね」

雪男だ。雪男は燐の掌を見ると、怪訝な顔をする。

「俺は大丈夫だっての」
「だからといって、放っておくわけにもいかないよ。傷口から細菌が入り込む可能性もあるからね」

燐の手を掴んだまま、雪男は自分のポケットからハンカチを取り出し、傷口にあてがう。もう、すでに傷は塞がりかけていた。この程度なら、痕も残らないだろう。
ますます化け物じみてきたな、と燐は小さくため息を吐いた。

「念のため、傷口を洗った方がいいね。ほら、燐」
「分かったよ。ったく、心配性だよな、お前」
「心配性っていうか、燐限定な気もするけどね」

照れ隠しのつもりが、さらに照れさせられた。さらりととんでもなく意味深な発言をする雪男に、燐は顔を赤くした。

「い、行ってくる!」

そんな顔を見られたくなくて、燐は逃げるように廊下へ飛び出した。
反則だと思う。前までの雪男なら、あんなことを言わない。想ってくれているのは確かだったが、燐に対しては多少きついことも言う。それなのに今の雪男は、甘すぎるような気がする。
雪男なのに、雪男ではないみたいで、燐は小さく息を吐いた。

「あー……くそっ」

なんとかして、元の雪男を取り戻したい。燐はあの雑木林を思い出した。
あそこで出会ったあの少女は、雪男から燐の存在を奪った。逆にいえば、それしか奪わなかった。雪男も燐も、共に怪我はない。ある意味、無事だった。
ザー、と水が流れ出す音を聴きながら、燐はなんとかできないだろうかと考えた。


つづく


同じだけど違う雪男に、燐自身も戸惑っていたりします。
もちろん、雪男自身もですが。


11.05.31


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