君に捧ぐ

「ただいま、兄さん」

部屋に戻ってすぐ、雪男の目に入ったのは部屋の真ん中で座り込む燐の背中だった。
燐は尻尾を右へ左へ頼りなく揺らしている。おそらく、心配をかけてしまっただろう。
あの後雪男は、なくしていた記憶を取り戻した。記憶をなくしていた間のことも覚えている。
簡単な報告書を提出し、こうして帰宅できたのだが、正直なところ、雪男は燐にどんな顔をしたらいいのか分からなかった。

「おかえり。記憶、戻ったんだな」
「うん。ごめんね、兄さん」

燐の、ほっとした顔を向けられて、雪男自身も安心する。
燐はここにいる。雪男の目の前に。
なんだかひどく久し振りなように感じ、雪男は燐を包み込むように抱き締めた。

「もう絶対に忘れたりなんかしないよ」
「あ、たり前だろ、馬鹿」
「……うん」

心が落ち着く。抱き締めているというより、縋りついているような気分だった。
そのまま燐の肩に顔を埋めようとした雪男だが、ふと思い付いて顔を上げる。
目の前にあるのは、愛しくて堪らない燐の顔だ。兄弟だとか、男同士だとか、そんなものすべて分かっていて、ただ求めてやまない。

「好きだよ、兄さん」

改めてそう口にすると、雪男は顔を赤くする燐の唇にキスをした。

「ゆ、雪……」
「ごめんね、兄さん。愛してる」

何かを察した燐が眉を顰めるより先に、雪男はまた唇を寄せる。
離してなんかやれない。そう強く思うのは、雪男にはいつか燐が手の届かないところへ行ってしまうような、そんな不安があるからだ。
目で、耳で、手で、唇で、肌で。全身で燐がここに、雪男の腕の中にいるのだと感じたい。
そう思うと止まらなかった。雪男はきつく燐を抱き締める。

「雪男?」
「……兄さん」

雪男の名前を呼ぶ燐の声が心地好い。ここにいるのだと、実感できた。
そっと背中に回った燐の手に、雪男は泣き出したいような気分になる。

「どうしたんだよ、お前」
「もうちょっとだけだから」

離したくない。離れたくない。
雪男はまるで、幼い頃に戻ったような気分にかられた。
あの頃も今も、雪男の本質は変わらないのかもしれない。燐の本質が変わらないように。

「ちょっとだけでいいのか?」

からかうように笑いながら燐は言う。小刻みに燐の体が揺れるのを、雪男は感じた。

(これだから困る)

雪男は内心苦笑すると、一旦体を離し、燐の口を唇で塞ぐ。本の少し開いた唇から咥内へと舌を忍び込ませると、燐の体が大袈裟なくらい揺れた。

「ん、む……んぅ!」

そのまま存分に味わうと、最後に唇を甘く噛み、ようやく雪男が唇を離したときには、燐の息は上がっていた。
可愛いと思ってしまうのは、雪男の欲目だけのせいじゃないだろう。
ほんのり上気した頬と、苦しくて潤んだ瞳は、雪男の欲を煽るには十分だった。

「可愛いね、燐」
「お、おまっ……!」

わざと名前で呼べば、燐の肩が跳ねる。
窺うように見つめてくる目は上目遣いで、雪男は困ったように笑う。

「記憶戻った途端に何だよ……」
「記憶がなかった間もずっと思ってたよ。こうやって兄さんに触りたい、って」

拗ねるみたいに唇を尖らせる燐にまたキスをすると、雪男は笑いながら告げた。
心の奥底に澱んでいた暗い気持ちは、燐がいれば少しずつ和らいでいく。後少し遅かったら、雪男は欲望のままに燐を抱いていたかもしれない。

「雪男、おかえり」
「うん、ただいま、兄さん」

燐が雪男を引き留める。いつでも、何があっても。だから雪男も、燐を引き留める存在が自分であればいいのに、と思った。
これから先にある道を、二人で歩いていきたいから。


おわり


兄さん依存症悪化中。
そんなこんなでところにより雷雨は完結です。
おつきあいいただき、ありがとうございます!


11.08.24


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