訪れ――6

譲れるはずがない。誰にも。何にも。
雪男は眠り続ける燐の頬に触れて、その熱を感じられることにほっとした。
医学的に当てはめていいのか分からないけれど、今の燐の状態がよくないことは確かだ。
魔障だろうか、とそちらの方面でも調べているのだけれど、前例はどこにもない。

「……兄さん」

最後に燐の目に雪男が映ったのは、もう一週間も前のことだ。
それが随分と前のことに思えて、雪男はため息を吐く。
守ると決めた。他の誰でもなく、雪男が燐を。
これまで、それこそが己の使命だと信じてきた。
それなのに、その使命が今、打ち砕かれそうになっている。

「おい雪男、いつまでそうしてるつもりだ?」
「すぐに行きます。クロ、兄さんを頼んだよ?」

燐が眠り続けていても、雪男の生活に支障をきたすわけにはいかない。
雪男は呼びに来たシュラに返事をすると、燐の傍らで心配そうにするクロの頭を撫でた。
にゃー、とクロは鳴き、まるでここにいろと言うように裾に噛みつく。

「ごめんね、クロ。行かなくちゃいけないんだ」

いやいやと首を振るクロに、雪男は困ったように表情を歪めた。

「僕は行かなくちゃいけないから。だからクロ、兄さんを守ってくれないか?」

にゃ、とクロが裾から口を離す。その隙に雪男は手を引いた。
傍にいたいと、雪男もそう願っている。しかし、そうはいかない。
他にも悪魔に苦しめられている人たちを救わなければいけないのだ。

「クロ、兄さんを頼むね。すぐに戻るから」

燐だけを優先できない、そんな自分の現状が苦しくて。だからこそ雪男は、やるべきことをなして、その上で燐を守ると決めた。
傍に居ても何もできないからこそ、そう決められたのだけれど。

「行きましょう、シュラさん」
「……そうだな。クロ、燐を頼んだ」

にゃーと返事をしたクロに背を向け、雪男は部屋を出る。次にこの扉を開いたとき、燐がおかえりと言ってくれたらいいのにと、そう願いながら。


つづく


11.10.02〜11.10.19


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