訪れ――5

割れるような痛みを訴える頭を押さえ、雪男はベッドに眠る燐の傍に近付いた。
燐が夢に囚われ始めたのは、今から一週間ほど前だった。
最初に異変が起こったのは、燐が授業中に居眠りをするようになったところからだ。
元より燐の居眠りは珍しいことではなく、雪男も深刻に考えていなかった。
けれども、徐々に眠る時間が長くなり、それまでは夕食を作ってから床についていたのだが、気付けば夕食も食べずに眠りに落ちることが多くなっていた。

「……兄さん」

一体燐に何が起こっているというのだろうか。
雪男は燐の手を取り、目を閉じた。
双子だけれど、燐が見ている夢のことなんて雪男には分からない。
けれども、時々寝言で燐は雪男を呼び、幸せそうに微笑むのだ。
夢の中の自分にさえ、嫉妬する。
そんな醜い自分に気付きながら、雪男はどうすることもできずに燐を見守っていた。

「兄さん、それは僕じゃない。僕じゃないんだよ……」

返事は、ない。
燐は夢の中の雪男には返事をするのだろうか。

「答えてよ、兄さん」

寝言に返事をしてはいけない、と昔から言われているが、雪男は燐に呼びかけ続けた。
そうしてようやく話せたと思っていたのに、燐はすぐに意識を閉じてしまった。
燐に何が起こっているのか、それは雪男にも分からない。
メフィストやシュラにも分からないと言われた。
ならば、雪男はどうしたらいいのだろうか。
唯一無二の兄を、愛しい人を、雪男は失いたくない。
もし燐を失ってしまったら、どうにかなってしまいそうだった。

「いくな、兄さん。僕はここにいる。こっちにいるよ」

ぎゅ、と強く手を握り締めても、燐の手は雪男の手を握り返したりしない。
ただ、温もりがそこにあるだけだ。
雪男は眉を顰めると、そっと燐に顔を寄せる。
額を当てれば、雪男よりも少し高い体温が感じられる。
目を閉じれば、笑顔の燐が脳裏に浮かぶ。

「どうにか、なってしまいそうだよ……!」

吐き捨てるように呟くと、雪男はそっと燐の唇に口付けた。


つづく


11.09.04〜10.02


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