訪れ――4
頭に響く声が雪男と分かると、燐は益々不思議だった。なにしろ、雪男とは毎日顔を合わせていて、この声について何も言われていない。
双子だから、テレパシーが使えるようになったのか、と燐がとぼけたことを考えていると、雪男が部屋にやって来た。
「あ、雪男」
――それ、僕じゃないんだ。ていうか、兄さん、何も覚えてないの?
「はぁ?どういう意味だよ、そりゃ」
――とにかく、今兄さんの前に奥村雪男がいるとしたら、それは僕じゃない。気をつけ……ぐっ!
「雪男!?」
小言混じりだった雪男が、苦しむような声を出し、以降声が聞こえなくなった。心配になり、燐が呼び掛けても応じない。
雪男の身に何かあったのでは、と燐は思い当たり、眉を顰めた。しかし、顔をあげた瞬間、表情のない雪男と目が合った。
「ねえ、兄さん。誰と話してたの?」
まとう空気がいつも違う。先程の、声が言っていたことを燐は思い出していた。
姿形は完璧に雪男だ。疑う余地なんてない。性格も、かなり燐に甘くなったところ以外、相違はない。
けれども、燐は気付いてしまった。目の前に立つ奥村雪男は、雪男ではない、と。
「どうしたの?」
呼び掛ける声は雪男のもので。しかし、そこに含む感情が雪男とは違う。
頭のどこかで警鐘がなる。これは、本物の雪男が燐に対して送っていたサインだったのかもしれない。
「兄さん」
違う、雪男じゃない。そう思った燐が体を引くより先に、目の前の男が燐の腕を掴む。抵抗する暇もなく、目元を手で覆われた。
まずい、と燐が自覚したときにはもう遅く、燐の意識は白く薄れていった。
「さあ、兄さん、夕食にしよう」
ユキオはそう言うと、気を失った燐を抱き上げた。その口元に、穏やかな笑みを浮かべて。
つづく
11.06.25〜09.04
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