訪れ――3
頭に響き続ける音に慣れ、燐は特別気にしなくなった。きっかけは思い出せないし、異常はないと診断されている。ならば、大丈夫なのだろう。
楽観的に燐がそう言うと、心配性で過保護な雪男は絶対に怪訝な顔をするのだが、今回は不思議と何も言わなかった。
何かおかしい。燐は雪男の態度にそう感じた。
何しろ雪男は、燐に対して何かと隠し事がある。もしかしたら今回も、何かを隠しているように思えた。
――考えるのを止めるな。
また、頭の中で声がする。誰かは分からないけれど、ひどく聞き覚えのある声だ。
「止めるな、って言われてもなぁ……」
確信めいたことを言いながら、その実、声は肝心なことを言わない。だからどうしたものか、燐には分からなかった。
雪男に聞いてみたら分かるかもしれないが、この声は燐にしか聞こえていないのだからなんと説明したらいいか悩む。
「どこで聞いた声だ?」
そもそも、誰なのか分からない。燐の頭はどうかしてしまったのだろうか。普段とはずれた位置から聞こえる声は、どうにも不思議な気持ちにさせる。
燐はこの状況に身の危険は一切感じていない。そもそもそこが、どこかずれているのかもしれない。
――思い出して。僕を。
冷静で平坦に放たれる声は、抑揚を無理に抑えているようだ。声だけだから、感情の判断は難しいのだが。
「誰なんだよ、お前。思い出せってどういう――」
――思い出してくれなきゃ意味がない。
「分かるように言えよ」
――分からないの?
声に感情が見えた。呆れたようにため息混じりで言われ、燐はムッとして声を荒げた。
「テッメ!今バカにしただろ!」
馬鹿にされたに違いない。そう思って燐が言うと、ため息のような吐息が聞こえた。
今まで何度も一方的に呼び掛けてきた声と、こうして会話ができるなんて不思議だ。燐がそう思っていると、声は優しく言葉を紡いだ。
――バカになんてしてないよ。バカだとは思ってるけど。
どこかで聞いたことのある言葉だ。燐の脳裏に、いつだったかの雪男が浮かぶ。
「ゆ、きお……?」
名前を口にすれば、驚くくらいしっくりくる。声は今まで誰か分からなかったのに、今は雪男だと確信できた。
どういうことなのだろうか。燐には分からなかった。
――そう、雪男だよ。兄さん。
そう告げた声は、安心したように穏やかなものだった。
つづく
11.06.08〜06.25
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