この心が願うもの

兄弟として。それがいかに難しいか、雪男は思い知る。
例えば一緒に食事をしているとき、燐は雪男がおいしいと言うだけで嬉しそうに笑う。可愛いな、と思ってしまうのを止められない。
雪男は燐が好きだ。だからこそ失いたくなくて、兄弟として傍にいることを選んだ。

「雪男。おい、雪男!」
「ごめん。何?」

不意に呼ばれ、雪男の思考が止まる。顔を上げれば、スーパーのチラシを持った燐が難しい顔をしていた。
あの日から、燐は変わらない。雪男の言葉にただ、分かった、と言っただけだった。

「夕飯、何か食いたいもんあるか?」
「そうだな……さっぱりしたものがいいな」
「ん、分かった」

双子だから。これまで一緒に過ごしてきたから。燐はそう言うだけで、雪男が食べたいものを作る。食べてから、これが食べたかったんだ、と思うことがあった。
抱き締めたり、キスしたり。そういうこともしたいけれど、雪男は今のこの状況を失いたくなかった。
結局、燐の優しさに甘えてるんだ、と雪男自身も気付いている。それでも、離れられないのだけれど。

「買い物行くの?僕も付き合うよ」
「大した量買わねぇし、一人で大丈夫だ。お前忙しいんだから」
「一段落着いたよ。それに兄さんだけに任せてたら、僕の買い物は忘れられるだろうしね」

雪男が笑って言えば、燐は拗ねたように口を尖らせる。幼くて、あまりにも無防備な顔だ。
これ以上はまずい。雪男は不自然にならないよう、燐から視線をずらした。

「さっさと行っちゃおう」
「だな。今日の晩飯はアジのたたきにでもするか」

チラシをたたむ燐を見て、雪男は小さくため息を吐いた。


***


夕食を終え、燐は風呂へ、雪男は自室へと移動する。これは毎日のことで、燐が風呂を上がってから雪男が入ることになっていた。
一人きりの部屋に着くと、雪男は力無く椅子に座り込んだ。

「……こんなに堪え性なかったかな、僕は」

ぽつりと誰にも聞かれないように呟く。
燐が好きだ。兄弟としても、恋愛としても。それは今に始まったことではない。初めて恋を意識したときから、ずっと。
一度触れてしまったせいなのか、それとも無理に抑制しているせいなのか。燐の見せる仕草一つ一つに、雪男は愛しさが溢れそうになっていた。

「だめだ。絶対に。だめなんだ」

自分に言い聞かせるように、雪男は呟く。我慢しなければ、傍にいられなくなるかもしれないのだから。

「雪男?」

風呂に入っているはずの燐が、雪男を呼ぶ。その声だって愛しくて堪らない。自分以外の名前を呼ぶのが許せない。
おかしい。どうかしている。
不意に肩を叩かれる。反射的に雪男はその手を振り払ってしまった。

「ごめ――」
「お前さ、無理してんだろ」

謝罪を遮り、燐は不満げな声を出した。

「なんだよ、バカ。このホクロ!眼鏡!」
「に、兄さん?」
「自分だけが悩んでるとか、思ってんじゃねぇだろうな?」
「は?」

話がうまく飲み込めず、雪男はぽかんとした顔で燐を見つめた。
何を言おうとしているのだろうか。解らない。判らない。分からない。

「俺だってな!お前が好きなんだよ、バカ!なのに人の話は聞かねぇし、一人で勝手に完結させてるし……ふざけんな、このエロホクロ!」
「あ、え、あの……」
「好きだっつってんの。俺も、お前が」

燐の言葉は雪男の範疇を越えていて、理解するのに時間がかかってしまった。たっぷり間を開けて、ようやく思考が回り始める。

「本当なの?兄さん……」


つづく


雪男は、兄さんが可愛いのが悪い、でなく、兄さんを可愛いと思ってしまう自分が悪い、とかそんな感じに悩めばいいと思います。


11.05.22


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