動き出したら止まらない

世の中には鋭い者と、鈍い者がいる。雪男は自分が前者だとは言わないが、燐は確実に後者だろうと思っている。

抱き締めたい。キスしたい。その先だって欲しい。
いつの間にか生まれた欲望は、理性的であろうとする雪男の心を焼く。熱くて、苦しくて、切なくて。どうしようもないくらい、止まらない。
決して消えそうにもない己の情欲に、雪男は向き合えず、目を背けていた。だっておかしいんだ。その欲がすべて、兄である燐に向かっているなんて。

「なあ、本当に大丈夫なのか?」

心配そうな顔の燐に、雪男はぎこちなく笑う。以前は、どんな顔をしていただろうか。自分でも分からなくなった。
燐を守る。それは雪男にとって自信の存在意義に等しい。燐には決して、気付かせたくなかった。

「大丈夫だよ、兄さん」
「嘘だね。お前がそうやって笑うときは、大抵何か隠してるときだ」
「何もないよ。何でそう思うの?」

笑って誤魔化すしかない。雪男がそう尋ねると、燐は眉を顰めた。燐の表情はいつだって目の前で、こうして無防備に変化する。
笑顔も泣き顔も、困った顔も怒った顔も、すべて自分のものであればいいのに、と雪男は内心笑う。同時に、そんなこと口に出して言えないくせに、と自身を嘲笑った。

「勘だ、勘。何年一緒にいると思ってんだよ。お前の嘘笑いくらい、分かるっつーの」

雪男はそんな燐の言葉は嬉しい反面、ひどく苛立った。何も分かっていないくせに、と理不尽な思いがわく。気付かれたくないと思っているくせに、分かってほしいだなんて身勝手だ。
以前は理性で押し止めていた感情が、こうして暴れそうになるのはいつからだったろうか。雪男は小さく息を吐く。

「なら言ってあげようか?」

一度動き出してしまえば、あとは転がるばかりだ。もう止まれない。
雪男は強引に燐の腕を引き、乱暴に掻き抱く。腕に収まった燐の体温に、燻っていた感情が一気に熱をあげた。

「ゆ、雪っ――」
「好きだよ、兄さん。何よりも、誰よりも」

燐の顎を掴むと、雪男は押し付けるように唇を重ねた。
ドン、と突き放され、雪男は抵抗することなく燐から離れる。燐がどんな顔をしているかなんて見れなくて、何も聞きたくなくて。

「……ごめん、頭冷やしてくる」
「ゆ、雪男っ!」

呼び止める燐の声を無視して、雪男は逃げるように部屋を出た。もうあとには戻れない。とにかくどこでもいいからここにはいたくなくて、駆け出して寮からも逃げた。


***


息が苦しい。雪男は木に背中を預け、その場にしゃがみこむ。空は眩しいくらいに澄んでいて、少し冷たい風が心地よかった。

(やってしまった。ついに……)

触れたくて堪らなかった燐に、理性も何もかも関係なく、触れてしまった。喜びも感じはしたが、それよりも後悔の方が大きい。
ただの弟でいたのなら、いつまでも雪男は燐の傍にいられた。弟なら、理由なく燐の傍にいられる。
それを壊してしまった。誰でもなく、雪男自身が。

「好きだよ、兄さん」


つづく


余裕をなくした雪男がかなり好きです。


11.05.19


[←prev] [next→]

[back]

[top]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -