この想いが許されるのなら

授業中、授業後、休み時間、放課後。
燐がよく勝呂の方へ駆けていくことに、雪男は気付いた。呆れたような顔をしながらも、勝呂は燐のことを受け入れているようで、また雪男はもやもやとして落ち着かない。

「雪ちゃん、どうしたの?」
「いえ、何でもありませんよ、しえみさん」

顔に出てしまっていたのか、しえみが心配そうに雪男を見遣る。言えるわけもない。これはつまらない嫉妬だ。
雪男はため息を飲み込むと、燐の方に目を向ける。
なぜだか、無性に燐が遠く感じて、雪男は焦燥感にかられた。

「兄さん!」

気付けば叫ぶように呼んでいて、声に出した瞬間、雪男ははっとして顔を顰めた。
まるで幼い頃のようだ。何でもできる兄を、精一杯追いかけても追いつけなかったあの頃を思い出す。何もできずに、ただあの背中を見続けていたあの頃を。

「雪男?どうした?」

きょとんとして振り向く燐は、あの頃と変わらない。変わりたいと願って努力して、変わることができたと思っても結局雪男は、あの頃と何一つ変わっていないのかもしれない。
弱さを得た強さで覆い隠しているだけで、何一つ変わっていない。

「ご、ごめん……何でも、ない」
「何でもないって顔じゃないだろ!どうした?兄ちゃんに言ってみろ」

燐の声が昔を思い出させて、雪男は息を落ち着かせるといつものようににこりと笑みを浮かべた。

「本当に何でもない。ごめん。勝呂君にあまり迷惑かけないようにね。じゃあ僕は――」
「お前が何でもないって言うときは、何でもあるんだよ、バカ!」
「兄さんにバカと言われる筋合いはないよ。バカは兄さんだろ」
「んだと!お前それが兄に対する言葉か!」
「たった数時間程度先に生まれたくらいで、兄ぶらないでほしいな」
「やんのか、こら!」

こんなことが言いたいわけじゃない。幼い頃の燐と今の燐が、雪男の頭の中をぐるぐる回って、何を言いたいのか分からなくなる。

「ゆ、雪男!!」

気付いたら、雪男の意識は遠くへ飛んでいた。


***


「まって兄さん、おいていかないで!」

懐かしい記憶だ。幼い頃、いつもこうやって雪男は燐を追い掛けていた。
燐は何でもできて、ちょっと感情の起伏が激しいところはあるけれど、優しい。体が弱く、気も弱かった雪男は、いつだってそんな燐に憧れていた。

「はやくこいよ、雪男!」
「まって……まってってば!」

燐はどんどん前へと駆けていく。雪男も同じように駆けているのに、全然その差は縮まらない。むしろ開いていく。
一緒に生まれたのに、いつだって雪男は燐においていかれてしまうような気がしていた。離れたくないのに、届かないことがもどかしかった。

「ったく、しょうがねぇな。ほら」
「にいさん……」
「手、引っ張ってってやるから。だから泣くな」
「……うん!」

優しい兄さん。強い兄さん。
いつだって、燐は雪男の憧れだった。それは、今も変わらないのだけれど。
半ベソで雪男が笑うと、燐も強く笑った。

「雪男はさ、むりに走らなくていいんだぞ」
「どうして?」
「はしれなかったらちゃんといえ。おれは兄ちゃんだから、ちゃんと手つないでやるから」

燐はいつでも優しい。そんな燐の優しさに、雪男はいつだって憧れ、満たされていた。
けれど、いつからだろう。その優しさが、苦しくなっていったのは。
愛しているのだと、自覚してしまったときかもしれない。燐は誰かを好きだと告げたことはなかったけれど、燐が誰かを見るとき、雪男は自分を見てほしいと思うようになっていた。
獅郎に対しても、それは同じで。いつしか雪男は燐の周りにいるすべてのものに嫉妬するようになっていた。


***


不意に意識が覚める。目を開けると、そこは医務室だった。
白い天井がやけに遠く感じるのは、眼鏡がないからかもしれない。

「あ、雪ちゃん!」

しえみに呼ばれ、視線を声の方に向ける。心配そうな顔をしたしえみと、出雲がそこにいた。

「あれ、僕は……」
「雪ちゃん、突然倒れちゃったんだよ。痛いところは?熱は?」
「いえ、大丈夫です……」
「よかったぁ……。燐もすごく心配してたんだよ」

燐も、という言葉にびくりと雪男の肩が揺れた。倒れる前、非生産的な言い争いをしていたことは覚えている。
つまらない感情で、雪男は燐に八つ当たりをした。あれはただの嫉妬だ。そう分かっていても、隠しきれないほど膨れ上がっている燐への想いは抑え切れなかった。

「雪男!大丈夫か!」

ドアを叩きつけるような音がした後で、恋い焦がれた声に呼ばれる。顔を向けると、心配しているのだろう、焦った顔の燐が目に入った。
起き上がる雪男の元へと駆け付けると、燐はこつんと額と額を合わせた。小さい頃から雪男が熱を出すと、燐はこうやって熱を測っていた。

「大丈夫だよ、兄さん。そんなに騒がなくて」
「だってお前、倒れたんだぞ!心配しないでいられるかよ!」
「うん、でももう大丈夫だから。寝不足か何かじゃないかな」

気付かれてはいけない。燐が触れるたび、触れた部分が熱を帯びるだなんて。
知られてはいけない。燐が触れるたび、もっと触れたいと思ってしまうだなんて。
不毛だ、と思うけれど、それでも燐にだけは決して悟られてはいけない。こんなにも、実の兄を思ってしまっただなんて。

「本当か?」
「うん、熱もないし。今日は早めに寝るし、もう大丈夫だよ」
「無理すんなよ、バカ」

バカは兄さんの方だろ、と口から出そうになった言葉を抑え、雪男は静かに頷いた。

「ありがとう、兄さん」


つづく


忍ぶ恋に堪え切れなくなり始める雪男、の巻


11.05.15


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