月に誓う

月が夜空に浮かぶ。丸くて、明るい月が。
全てを見透かすように、優しく包み込むように。
月明かりが窓から入り、燐の寝台の傍らに立つ雪男の横顔を照らした。
普段の怜悧な目は姿を消し、優しい眼差しが眠る燐に向けられている。

「兄さん、僕が兄さんを守るよ。守るから、だから――」

雪男はまるで懺悔をするように呟く。苦しそうに、悲しそうに。
尖った耳。だらしなく開いた口から覗く牙。寝息に合わせてゆらゆらと動く尻尾。
それらはほんの少し前まではなかった。この前まで、燐は悪魔ではなく、人間だった。雪男と同じ、人間だったのだ。
燐が人間である限り、人間として育てたいと願った獅郎の計らいで、燐は自身が魔神の血を引いていることを知らなかった。
そんな父の気持ちを、雪男は痛いくらいに理解している。このままずっと人間でいてくれたら、と雪男は何度も思い続けた。そうしたら、燐は謂れのない苦しみや悲しみを感じることもないだろう。
だが、運命は燐を放さなかった。掴み取り、雁字搦めにしていく。

「兄さん」

雪男はまた、燐を呼ぶ。燐が起きないように、優しく、そっと。
んん、と身をよじらせながらもいまだ安眠を貪る燐に、雪男は無意識に手を伸ばしていた。

「兄さん。兄さん……燐」

初めてだった。名前で呼ぶのは。
うっすらと燐の目が開き、ぼんやりとしながらもその目に雪男を映した。
二卵性双生児だから、双子と言っても似ているという程度で、丸きり同じ顔をしてはいない。
燐はつり目で雪男はたれ目。身長だって、差がある。声だって全然違う。
何より、燐は悪魔で、雪男は人間だ。

「ゆ、きお?」
「うん」

燐の声が雪男を呼ぶ。雪男はただ、うん、と答えることしかできなかった。

「なんだよ、眠れねぇの?」

目をこすりながら体を起こすと、燐はくぁ、と欠伸をした。尻尾が何度かベッドをペシペシと叩いた後、くたりと動かなくなる。
立ったままの雪男を見つめる燐の目は、幼い頃と変わらない。弟を心配する、優しい兄の目だ。

「ちょっとね」
「元々睡眠時間少ねぇんだから、ちゃんと寝ろよ」
「そうする。起こしちゃってごめん」
「や、いいけど」

二度三度首を揺らし、燐はまたベッドに倒れ込んだ。
それを見届けてから、雪男は燐のベッドに腰掛け、すでに眠りに就いている燐の頭を撫でた。
悪魔として覚醒した後も、燐は昔と何一つ変わらない。青い炎が出せるようになったこと以外、本当に何も変わらないのだ。あの頃のまま、まっすぐで。
幼い頃、雪男は決めた。兄を守る、と。
生まれる前から共にありながら、その重荷を一緒に背負うことができない分、燐に降りかかる苦しみや悲しみから守ると、そう決めた。

「お休み、兄さん」


つづく


ちょこっと原作の流れに沿いながら、パラレルの予定です。


11.05.10


[next→]

[back]

[top]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -