だって君に認められたい 後

雪男は常日頃思う。兄さんはバカだ、と。
テストの点はもちろん、やることなすこと要領が悪い。そんな燐から、雪男はいつも目が離せないのだが。

「奥村君の成績はあまり芳しくないようですねぇ」

メフィストに呼び出された雪男は、何やら手元の資料を見て笑うメフィストにため息を吐いた。

「頭の出来がどうの、って問題でもありませんが」
「貴方がついていながら、まさか一学期も終わる前に留年決定、なんてことにはなりませんよね」

にやりと笑うメフィストに、雪男は内心舌打ちをした。
そもそも、燐は中学の授業さえまともに受けてこなかった。この学校の学力についてくるのは困難だろう。
その上、メフィストが特別に入学させたとして、一部の生徒にはいらぬ考えを起こさせている。
燐が気付く前に対処している雪男からしてみれば、そんなことで呼び出されている暇はない。

「兄さんなりによくやってますよ」
「おや、珍しい。奥村先生が奥村君を褒めるだなんて」

メフィストはにやにやと笑う。先程の一件をどこかで見ていたのだろう。
雪男はわざとらしいくらい深いため息を吐いた。

「とにかく、兄の学力に関しては努力します。失礼します」
「まったく、素直じゃありませんねぇ」

楽しげに笑うメフィストを無視し、雪男は部屋をあとにした。

長い廊下を一人歩きながら考える。
雪男はいつだって、燐には敵わない、そんな感覚を味わう。学力なんかじゃ得られないものを、燐が持っているからだ。
人柄なのだろう。いつだって燐は誰かを引き寄せる。そのたびに、雪男がどれだけ胸を焦がしていることか、燐は知らない。知られてはいけない。

(手に終えないな……)

自分の感情も。兄の言動も。
褒められたいと燐は言った。他の誰でもなく、雪男に。
つまりこれは、どういう意味だろう。そんなこと、考えたって無駄だ。
燐にとって、そんなものに深い意図などないのだろうから。そうやっていつも、燐は無自覚に雪男の心を掻き乱すのだから。


***


「ただい、ま……?」

すべての授業が終わり、寮に戻れば燐がいない。雪男は首を傾げた。
電気が点いていたから、てっきりベッドでSQを読んでいるだろうと思っていたのだが、宛が外れてしまった。
燐の机の上には、雪男が以前渡した教材が広げられている。もしかした、雪男の言い付け通りに課題をやろうとしたのだろうか。
さっぱり分からん!と頭をパンクさせ、クロと一緒に夜風にでも吹かれている燐を想像し、雪男は口許を緩めた。

「本当に、兄さんはバカだなぁ」
「いねぇときまでバカとか言うな!メガネ!」

思わず。本当に意識せずに出た言葉だった。まさかリアクションがあるとは思わなかったせいで、雪男は入ってきた燐にひどく驚く羽目になった。
振り向けば、前髪をピンで止めた、勉強スタイルのムスッとした顔で雪男を見ている。

「遅かったな。飯にするか?それとも風呂が先か?どっちもすぐに用意できるぞ」
「えっと、じゃあご飯で」
「暖めてる間に着替えちまえよ」

雪男の返事を聞き、戻ったばかりだというのに燐はまたすぐ部屋を出る。
心臓に悪い。雪男はため息を吐いた。
まるで結婚してるみたいだ、と思ってしまった頭を自分で叩く。

燐の作る料理はうまい。感心しながら、雪男はふと口を開いた。

「そういえば、どこかに行ってたの?」
「ん?ああ、ちょっとな」

にまにまと笑って、燐は答えない。その態度を不審に思い、雪男は首を傾げた。
隠すようなことなのだろうか。

「課題は進んだ?分からないところがあれば――」
「ああ、大丈夫だ」
「え?」
「明日勝呂に教えてもらう予定だから、お前は心配すんな」

ぴくり、と雪男の眉が動く。
言い争うことはあれど、燐は勝呂のことを認めている。かっこいい、と漏らしていたことを雪男は思い出した。
気に入らないと思うのは、なぜだろう。祓魔師はチームワークが重要で、候補生同士慣れ合うのは大事だと言ったのは雪男なのに。
なんだかもやもやして、折角の燐の料理もなんだか味が分からなかった。



*****



数日後、雪男は再び小テストを行った。簡単なテストで、どこまで理解しているのかを見るためのものだ。
採点したテストを返しながら、じっと自分を見つめる燐と、そんな燐を見守るように見つめる勝呂たちが目に入る。

「奥村君」
「お、おう!」

緊張した面持ちで燐が答案を受け取る。思わず、雪男は表情を緩めた。

「奥村君にしては、よくできました」

テストの点は23点。決していい出来とは言えないけれど、燐にしては上出来だった。
ぱぁ、っと嬉しそうに笑う燐を見て、雪男は困ったように笑った。これくらいで喜んでもらっては困る、と。

「やったぜ!ありがとな!勝呂!」
「お前……あんだけ勉強しといてたったそんだけか!ふざけんな!」
「まあまあ、坊。奥村君なりに頑張りはったんだから」
「そうやでー。奥村先生ももっと褒めたって。奥村君、先生に褒めてもらうってえろう頑張りはったんよ」

わっと賑やかになる。勝呂は苛々したような顔をしているけれど、志摩や子猫丸は優しく笑っている。
どういうことだ、と雪男は首を傾げる。

「そんなに僕に褒めてもらいたかったの?」
「べ、別に褒めてほしいとかそんなんじゃねぇよ!ただ……」
「ただ、何?」

燐らしくない。もにょもにょと口元だけで紡ぐ言葉は聞き取れなくて、雪男は聞き返す。
ちら、と雪男を窺う燐の頬はわずかに赤くて、どうしようもなく心が揺さ振られた。

「お前に認められたかった、つーか……」

可愛い、と思うのは仕方がないだろう。
雪男は表情を緩めて笑うと、燐の頭をぽんぽんと撫でた。

「よくできました」
「てっめ!バカにしてんだろ、それ!」
「何度も言うようだけどね、兄さん。バカになんてしてないよ。バカとは思ってるけど」
「ゆーきーおー!!」

バカだな、兄さんは。と雪男は思う。認められたいだなんてそんなの今さらだ。
だって雪男は、ずっと前から燐のことを認めているのだから。


おわり


ちっちゃなヤキモチを妬く雪男でした。
恋になりそうでならない奥村双子、ラブ!


11.05.14


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