だって君に認められたい 前

悪魔薬学の授業では小テストがつきものである。これは雪男の方針なのか、正直まともに覚えていない燐にとって、痛手だ。

「奥村君……」

どこか怒りの籠った声で雪男が燐を呼ぶ。
雪男は怒っている。どんなにポーカーフェイスを装っても、燐には分かる。

「あのね、これどういうことなの」
「う、お……」

ぺらりと見せられたテストの答案には、たくさんのバツ印と少しの丸、そして左上には雪男の字で3と書かれていた。
このテストは百点満点のテストである。思わず、さすがの燐も口元を引きつらせた。
前回は2点で今回が3点なら、少しは進歩した、と言えないだろうか、と燐は雪男の顔を窺い見る。目が合った雪男は、にっこりと笑っていた。
やばい、と燐は本能的に思った。ブチ切れたときに雪男の迫力もすごいが、こうしてにこやかに笑っているときのプレッシャーも恐ろしい。
思わず燐が固まっていると、雪男は小さくため息を吐いた。

「一体授業中、何を聞いてるわけ?」
「ぜ、前回より上がってんじゃねーか!」
「奥村君」

視線が痛い、とはまさにこのことだ。ちくちくと陰険な眼鏡め、と思うや否や、燐は雪男の手から答案を引っ手繰った。

「小言ばっか言いやがって!俺は褒められて伸びるタイプなんだよ!ちっとは褒めろ!」
「褒めるような点を取ってないくせに何を言うんだか。奥村君は一度、勝呂君の爪の垢でも煎じて飲ませてもらうといいかもしれませんね」
「んだっと!!」

いくら弟とはいえ、ここまで馬鹿にされては引くわけにはいかない。燐はしれっとした顔の雪男を睨み付ける。
今は授業中で他の候補生がいる手前か、雪男はようやく敬語に戻っている。それが余計に悔しかった。

「奥村君、席について下さい。今回返した答案の質疑応答を始めます」

講師としての顔を見せる雪男にムッとしながら、燐は乱暴に席に着く。
この授業は得意だと言っていたしえみは、何と今回は満点を取っていて、勝呂は99点、子猫丸は90点、志摩は89点、出雲は93点。謎の多い宝の点は見えなかったが、燐が断トツで点数が低いことは確かだった。

「雪男!」
「授業に関係のある質問なら答えますが、それ以外は授業後にして下さい」
「頭かてぇな!」

じろりと勝呂に睨みつけられ、燐は肩を竦める。くそ、と内心悪態吐くと、質疑応答を始める雪男の声を聞きながら、答案に答えを書き写していった。


***


授業が終わり、雪男は教材をしまい始める。
生徒である燐はこの授業で今日は終わりだが、雪男はそうではない。次の授業があるのだろう。さっさと教室を出ていこうとしていた。

「おい、雪男。ちょびっとは褒めたっていいだろ!」
「またその話?あのね、兄さん。僕も鬼じゃないんだよ。良い点が取れたらいくらでも褒めてあげるよ」
「言ったな!」

引きとめる燐に雪男は困ったように笑う。困らせたいわけではないけれど、燐は雪男のこういう笑みが好きだった。
結局いつも、しょうがないなぁ、と雪男は燐を許すのだ。

「ああ。だからもっとまじめに勉強してくれ」
「絶対に褒めさせてやるからな!覚えてろ!」
「はいはい。じゃあ僕は次の授業があるから行くけど、兄さんは早く寮に戻るんだよ。夕食の買い物なら良いけど、それ以外の寄り道はしないように」
「お前は俺の母親か!」
「もう……あ、僕が帰るまでに一つでもいいから課題やっておくんだよ?じゃあね」

後ろ向きに手を振って去る雪男の背中を見送ると、燐はぐるりと振り向いた。帰り仕度をしている勝呂を見つけると、そのまま駆け寄る。
良い点を取って雪男を見返してやりたいのは山々だが、燐一人では到底難しい。ならば、できる人間に教わればいいのだ。

「勝呂!俺に勉強教えてくれ!」
「はぁ?何で俺が教えなあかんのや。杜山さんに聞いたらええやろ」
「んなのかっこわりぃだろ。お前だって成績いいんだし、教えてくれよ」

あからやまに嫌な顔をする勝呂だが、結局のところ、面倒見が良い。燐がじっと見つめると、呆れたようにため息を吐き、しまい掛けていたノートを広げた。どうやら、教えてくれるつもりらしい。
ちら、と期待を込めた視線を送ると、勝呂は顎でしゃくって座るように促した。

「さっさとノート出しや」
「サンキュー!勝呂!」

さすが!と嬉しそうに燐が席に着くと、志摩と子猫丸が物珍しそうに顔を覗かせる。

「へぇ、坊と奥村君勉強会するん?」
「僕らも仲間入りさせてもらってええやろか?」
「おう!大歓迎だぜ!」

次の小テストはまだ先ではあるけれど、教えてもらえばきっと今回よりも良い点を取れるはずだ。
燐は意気揚々とノートを広げ、ペンを取り出した。


つづく


燐、雪男に褒めてもらいたい、の巻。
雪男視点の後篇に続きます。


11.05.12


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