暁を覚えろ

春眠、暁を覚えず。
そんな言葉もあったな、と雪男は前の席だと言うのに堂々と眠る燐を見つめながら思った。
もっとも、燐は季節関係なく、今は春ではない。しかも授業中である。
はぁ、と雪男はため息を吐いた。これでも、燐にも分かるよう、丁寧な授業をしているつもりだというのに。

「燐、起きて!授業中だよ!」

雪男の視線に気付いたしえみが、慌てて燐を揺り起こす。しかし、うぅん、と声を漏らすばかりで、ちっとも起きる気配がない。
授業は燐だけのためにあるわけもなく、雪男はそのまま続けようと黒板の方へと向き直る。しかし、次の瞬間、雪男の動きはぴたりと止まった。

「ゆきお」

舌ったらずな声で呼ばれ、雪男は笑顔を引き攣らせながら振り向く。
寝言だったらしい。燐の目は開いていない。
授業中に眠る挙げ句、寝言とは何事か。
教室中の注目を浴びながら、雪男は小さく息を吐いた。

「奥村君、起きなさい。授業中ですよ」

本気で寝入っているときの燐は、揺さ振ったって声をかけたって起きやしない。微塵も起きる気配のない燐に近付くと、雪男は頭を叩こうと手を出す。

「だいじょーぶ、だぞ、ゆきお……にいちゃんがまもって、やるからな」

振り下ろした手を掴まれる。ふにゃりと浮かべられた笑顔は、幼い頃の燐と同じだ。雪男が、憧れた強い兄の笑顔だ。
対処に困った雪男が眉を顰めると、燐は首を伸ばした。
しまった、と思ったときにはもう遅い。雪男の額に燐の唇が触れた。
ガンッ、と教室の後ろの方から物音が聞こえる。おそらく、勝呂たちの誰かが物を落としたのだろう。雪男には、確認する余裕はなかった。

「なみだがとまる、おまじないだ」

へへっと嬉しそうに笑う燐を、雪男は疲れ切った顔で見下ろした。

「いい加減、起きろ!」

スパーンと気味の良い音を立てて燐の頭を叩くと、早くなる鼓動と赤くなる頬をなんとか抑えつつ、雪男は咳払いをして授業に戻った。
懐かしい。そう思ったのは確かだ。
いじめられて泣く雪男を、いつも守ってくれたのは燐だった。いつも燐は、いじめっ子たちをとっちめた後、まだ泣き続ける雪男の頭を撫で、額にそっと口付けるのだ。
幼い頃はそれで随分と気持ちが落ち着いたものだが、今はそうはいかない。それに、授業中だ。

「奥村先生、奥村君また寝てはるでー」
「アホ!余計なこと言うなや!」

楽しそうに笑う志摩の声と、それを制する勝呂の声に、雪男はまたため息を吐いた。
今は授業中だ。雪男は講師であり、燐は生徒である。公私混同はよくない。

「奥村君には後でたっぷりと課題を出すことにします。起きるのを待っていたら、いつまでも授業が進みませんから」

ピシッ、と空気を締め直す。志摩も勝呂も黙り込んだ。
黒板に向き直る前に、雪男はもう一度燐を見た。幸せそうに眠っている。
一体、何をしに来ているんだか分かったものじゃない。また小さくため息を吐いた。
勝呂や志摩に対しては、ある意味いい牽制になったかもしれないけれど、心臓に悪すぎる。

(いい加減、暁を覚えろ!バカ兄)

内心悪態を吐くと、またいつものように授業を進めた。


おわり


寝ぼける燐が書きたかっただけです。キリッ


11.05.07


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