ありふれたもの

雪男と燐は雪男に任務がない限り、二人揃って夕食を摂る。最近では、クロも一緒だ。
クロは使い魔であるが、猫だ。
人間と同じ食事でいいのかと、雪男は常日頃考えている。
燐はその辺りをまったく考慮していない。
雪男はそれが、兄さんだからしょうがない、と容認している。
そもそも燐は、雪男ほど考えていないだろう。
クロの健康のためにも食事の改善が必要だと、雪男はそう考えた。

授業が始まる前、雪男は少し早めに教室に赴いた。燐と話すためだ。
教室にはいつもの面々と、机に突っ伏して眠る燐がいた。
雪男は一つため息を吐く。それから、燐の耳を引っ張った。

「いってぇ!誰だ、こらぁっ!」
「僕だよ。兄さん、クロの食事のことなんだけど」

燐が声を上げたせいで、教室中の視線が燐と雪男に向く。
それらに咳払いをすると、雪男は本題に入ろうと話を切り出した。
授業までもう時間がない。雪男はとりあえず提案だけでもしておきたかった。

「僕らと同じ食事だと、やっぱり栄養バランスが……」
「クロだって肉食いてぇんだから、食わしてやりゃいいだろ」
「そういうわけにはいかないよ。クロのためにもね」
「だからってお前、あんなうまいうまい言いながら食ってんだぞ?」

燐とは違い、雪男にはクロの言葉が分からない。
だからクロがどんなふうに食事をしているのか、目でしか分からない。

「作ったもんをうまいっつってくれてんのに、やらねぇなんてやだね」
「だけどね兄さん、すき焼きはクロには塩気が多すぎないか?」
「クロの主人は俺だぞ!」

それは名目上だけだろう、と言いかけた雪男だが、燐が恨めしそうに見てくることに気付き、言葉を止めた。
何だよ、と雪男が言うよりも早く、燐がそれに、と大声を出し、机を叩いて立ち上がった。目はまっすぐ雪男を見つめている。
燐がすぐに感情的になるのはいつものことだが、さすがに教室での私的な兄弟喧嘩は珍しい。
しえみは心配そうに、勝呂や志摩、子猫丸や出雲は呆れて二人の成り行きを見ている。

「お前はうまいっつってくんねぇじゃねぇか!」
「そんなの、兄さんのご飯が美味しいなんて当たり前なのに言う必要がある?」
「ある!作り甲斐ってもんが違うんだよ!」

クロの話をしているのに、論点がずれてきている。
雪男はため息を吐く。
今は料理が美味しいとか、そんな話をするつもりではなかった。

「あのね、兄さん。今はそんな話じゃなくて――」
「俺が毎日、何食わしてやろうかとか考えながら作ってんのに、ちっとは感想を言えってんだ」

作り手側からしたら、ごもっともだ。
一生懸命作ったのだから、その頑張りを認めてほしいと思うのは、ごく自然な感情だ。
雪男はいつも、当たり前のように燐のご飯を食べている。しかし、きちんと感謝の言葉はちゃんと伝えている。

「美味しいよ。他で摂る食事なんて味気ないと思うくらい、兄さんの作るご飯は美味しいよ」

話がうまく進まないことに小さく苛つき、つい雪男はかっとなって普段なら言わない感想を、教室中に響くくらいの声で告げた。
囃し立てるような志摩の口笛が聞こえる。
途端に、燐の頬が赤く染まり、ふにゃりと嬉しそうに笑う。
幸せそうな笑みを向けられた雪男は、あやうく顔が赤くなるところだった。
内心慌ててポーカーフェイスを取り繕う。
燐が時折見せるふわふわとした笑顔は、雪男の心臓には実によくない。

「兄さん、この話はまたあとで」
「おう!今日は何食いたいか考えとけよ」

単純すぎる。腕前をほめられたせいか、燐はえらく機嫌よく笑う。
雪男は困ったように笑うと、授業を始めます、と教壇についた。おそらく、今日の夕食はいつも以上に美味しいのだろう、と思いながら。


おわり


兄弟喧嘩よりも夫婦喧嘩なノリ。
雪男の方が気にしいと見せ掛けて、燐も気にするんじゃないかな、と思います。


11.05.05


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