絶対的秘密事項
雪男が兄さん、と呼べば、燐はすぐに振り向いてくれた。そうして、力強い笑みを浮かべる。
幼い頃、そんな兄の強さに憧れた。
追い付きたくて、隣に並びたくて。
あの頃よりは近付いたはずなのに、気付いたら、二人の間には見えない距離があった。
雪男は気付いている。その距離は、雪男自身が作り出しているのだ、と。
「雪男。おい、雪男!」
名前を呼ばれ、はっとして顔を上げると、怪訝な顔をした燐が雪男を見下ろしていた。
「……何?」
「や、特に用はねぇけど」
小さな動揺を悟られないよう、雪男が見つめれば、燐は狼狽えた。
燐のことを全て分かるなどと、そんな傲慢な気持ちはない。ただ、生まれる前から一緒なだけあって、燐の気持ちは少なからず予想できる。
お人好しなところがあるから、おそらく、ぼんやりとしていた雪男を心配したのだろう。
「ちょっと考え事をしていたんだ」
弁明するように雪男が言えば、燐は首を傾げた。
その仕草が幼くて、雪男は込み上げる愛しさを慌てて胸の奥に押し込めた。
「どうしたら兄さんが授業を理解してくれるかな、ってね」
「バカにすんな!くっそ、心配して損した!」
「兄さんに心配されるほど、落ちぶれてないよ」
「かっわいくねぇ!」
雪男がわざとらしく肩を竦めてみせれば、燐はむすっ、と拗ねた顔をする。
それがどれだけ雪男の感情を揺さぶるかなんて、きっと燐は思いもしないだろう。
気付かれては困る。
兄を守ると堅く誓った心も、愛しいと想う心も。
自分だけのものにしてしまいたい、という醜い独占欲も。
「ところで兄さん、宿題はできた?」
「あ゙っ……!」
「やってないんだね?」
「これからやろうと思ってたんだよ!」
「なら早くやっちゃおう。分からないところは教えるから」
気付かれてはいけない。誰にも。燐にも。
雪男は燐に気付かれないよう、小さくため息を吐いた。
おわり
兄さん好きすぎる雪男が大好きです。
11.05.05
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