どこにも行けない、ここにいる

雪男の見る世界と、燐の見ている世界は、きっと違う。双子だけれど、同じ価値観ではないのだから、当たり前だ。
その当たり前を、燐は当然のこととして受け止めるし、雪男は仕方ないと受け止める。
雪男の知る奥村燐という男は、身勝手で自分本位なところがある。決して自分を見失わない強さがあると、雪男は思っている。
だから時々、ひどく不安になるのだった。
燐は強い。燐の周りには人が集まる。だから、自分はいらないのではないか、と。

「雪男、おーい!雪男ー!」

ふと燐に呼ばれ、はっとして顔を上げる。不思議そうにした燐と目が合って、思わず雪男は眉を顰めた。
無邪気な燐。だからこそ、雪男はずっと何も知らない燐を守っていくのだと思っていた。

「また眉間にしわ寄ってんぞ?」
「……何か用?」
「うわ、可愛くねぇ!ったく、また根詰めてんだろ。不機嫌で隠したって兄ちゃんには分かるんだぞ」

兄ぶらないでほしい。雪男は思う。
いつまでも守らなきゃいけない存在でいてくれなきゃ、困る。それもまた、身勝手な願いであるけれど。
ぽんぽんと頭を撫でる燐の手が、幼い頃の養父の手と重なって雪男は俯いた。
養父は、獅郎は、雪男に祓魔師としての在り方を教えてくれた。師匠であり、父である。
けれども、こういう温もりは雪男には分からなかった。

「雪男?」
「兄さんは、ずるいよ」
「はぁ?何だ、急に」

優しさとか芯の強さとか、そういったものは教わって分かるものではない。雪男には分からないのだ。
燐は強い。燐は優しい。頼りない兄だけれど、誰よりも一番雪男がよく知っている。
その強さと優しさに、雪男はきっと憧れているのだろう。
顔をあげ、また目を合わせる。燐はこてんと首を傾げていた。

「兄さん」

そっと手を伸ばす。燐は何も疑問に思わないまま、その手を拒否したりすることはない。
そっと頬を撫でる。暖かくて、男のくせに柔らかくて滑らかだ。

「おい、本当にどうした?」

応えるようにぽふぽふと頭をなでられ、雪男は泣きたくなった。
守りたいと思いながら、きっと守られているのかもしれない。守りたいと思っているのに、こうして甘やかされている。
燐はずるい。そうやって自覚がないまま雪男を包み込むのだから。
いつだって雪男を本当の意味で追い込むのは、燐だけだった。

「ずっと僕に守られててよ」
「ばーか、んなのかっこ悪いだろ。さっさと追い抜いてやるよ」
「そんなの、嫌だ」

駄々をこねるように雪男が言えば、燐はぐしゃぐしゃとその頭を撫でる。
きっと宣言している通り、燐は強くなるだろう。雪男がいなくても、きっと。
そうなると雪男は、自分の存在意義が分からなくなる。そんな確信があった。
燐を守ると獅郎に誓い、そうやって生きてきたのだから。

「俺だってな、お前のこと守ってやりたいと思ってんだよ。お前だけだと思うなよ?」
「……勝手だな」
「お前もな」

どうして燐はこんなにきれいに笑うのだろう。雪男には分からない。
分からないけれど、その笑顔を守るためなら何だってする。それが雪男の存在理由だから。

「あんま溜め込むなよ。お前がどっか行っちまいそうで、時々すげぇ怖い」
「兄さんがいる限り、僕はどこにも行けないよ」

燐を脅かすもの全てから守ると、そう決めたのは雪男だ。誰に強制されることなく、自ら決めた。
その誓いを破れば、きっと雪男は奥村雪男ではいられなくなる。誰よりもきっと、自分自身が赦さない。
どこにも行かないんじゃない、どこにも行けないのだ。
そんな雪男に気付いていないだろう燐は、なら安心だな、と嬉しそうに笑った。


おわり


燐がいる限り雪男はどこにも行かないんじゃないかなぁ、と思ってみたりしております。
その代わり、燐に何かあったら自らの手で始末するのか、それとも全てを敵に回すのか、ちょっと気になるところ。


12.05.02


[←prev]

[back]

[top]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -