「ミカサ、行ったか?」
「行ったよ」

遠退く足音が聞こえなくなったのを確認して、エレンがぽつりとそう呟いた。
ここは王都にある憲兵団本部の地下室。女型の巨人との戦いの後から眠っていたエレンに付き添うミカサを会議に呼びに来た私は、彼女と入れ替わって部屋に留まり、いつから起きていたのか、もそもそとだるそうに起き上がったエレンに言葉を返した。

「いつから起きてたの?」
「少し前。ミカサがいるときに起きるとうるせえから」
「べったりだもんね、ミカサ」
「笑い事じゃねえよ」

起き上がったエレンはやはりまだ動きがぎこちなく、身体を支える腕もかすかに震えていた。体調は芳しくない。

「エレン、まだ少し横になってたほうがいいよ」
「大丈夫だ、すぐに…」
「ほら、だめだって。横になりなって」

無理やりベッドにつき返して、布団を被せる。恨めしそうにこちらを見る双眸をじっと見返してやれば、観念したのか目を逸らされた。

「アニは」
「生きてる、よ。一応」
「…俺、」


俺も、いつかみんなに、殺されるんだろうか。


そう言ったエレンに何を返したらいいかわからなかった。ミカサがチェストの上に残したマグカップをただただ、じっと眺めていた。
現状、エレンの処遇はまだ何も決まっていない。エレンについて考えるより先にこの作戦を決行してしまったからだ。しばらくは裏切り者の炙り出しに力を入れることになるだろうし、今も会議室ではそれについての議論が為されている。エレンの処遇はウォール・マリアの奪還後、地下室を見てみないことには始まらない。今は自分の意思で巨人化してるし、難はあれどコントロールしようとしているし、そうして兵団に尽力しているけども、これからもそうである保証はどこにも無かった。

「だって、おかしいじゃねえかよ? なんでアニはあんな目にあって、俺はこんなところで寝てるんだ?」
「…アニは人類を裏切ったし、私たちの仲間を殺した。リヴァイ兵長だって怪我したよ」
「俺だって! ミカサに怪我させた!」
「エレン、」
「俺だっていつ兵長を殺すかわかんないんだぞ! いつ、いつみんなを殺すか、わかんないんだぞ」
「エレン落ち着いて、身体に障るよ」
「俺はわかんねえよ、なんでみんな、そんな、」

エレンがそう言って泣くのも無理はなかった。
私たちはかつての同期であった、仲間であったアニを殺すつもりで今回の作戦に乗り出したのだ。生け捕りなんて器用な真似はまだ出来ない。だから殺すつもりで臨んだ。それは皆一緒だった。
エレンは怖いのだ。いつか自分が同じように殺されることを。仲間であった「エレン・イェーガー」が殺されることを。消されてしまうことを。なかったことにされてしまうことを。アニ・レオンハートに対し、ミカサが、アルミンが、団長が、息をするかのように殺意を向けたことを。

「エレン、あんたがそう言ったら、あんたを信じて真っ先に庇ったミカサとアルミンはどうしたらいいの」

腕をあげることすら億劫なのか、流れる涙を拭うこともせずにエレンはさめざめと泣いた。黙って拭ってやることが優しさだとは思わなかった。

「俺、は、巨人、なんだよ、」
「知ってるよ」
「人類、の、敵だ、」
「うん」
「俺は、人間の、ま、まま、しっ、しにたい」
「エレン」
「兵長、とか、ミカサと、か、みんな、にも、お前にも、殺されるのは、」
「エレン、っ」

勢いよく立ち上がったせいで、椅子が倒れた。思わず乗りかかったベッドの上でエレンは泣いている。私の指はエレンの首元に伸びた。私は目を瞑った。

「エレン、エレン、私はね、もしかしたらいつか君がおかしくなったとき君を殺すことになるかもしれないけど、」
「だけどエレン、私が君を殺せるとは思えないんだよ。私が君を殺す前に、君が私を殺すんだ。君が私を殺すのが先なんだよ」
「どうなるかなんてわかんないよ、エレン、考えなくていいよ、考えなくていい、今私がそばにいるから。好きなだけ泣いていいから。だからそんなこと言わないで、まだ、エレン、」

何もかもわからないこの世界。今まで隣にいた人が一瞬でいなくなる世界。大事な人がいなくなっていく世界。それは私もエレンも同じだった。
涙でぐずぐずに腫れた瞳が殺さないでくれと必死に叫んでいる。さっき地下で見たアニの顔が脳裏を過ぎった。彼女は世界に目を向けることを放棄したのだと思った。だけどエレンはまだ、こんなになっても、世界と向き合おうと戦って、泣いているのだった。自分の存在が消えないように必死で泣いているのだった。ぼろぼろとまた零れた涙は彼が戦っている証だった。彼を消してはならないと思った。いや、ずっと思っているのだ。ずっと。ずっとずっと前から。わたしは思わずエレンの目元にキスをした。エレンが泣きながら私の名前を呼ぶから、私だけは彼を殺してはならないと、たとえ人類を裏切ることになっても彼を裏切ってはならないと思ってしまった。エレンの涙はしょっぱくて、ああ彼はまだ人間であると、彼がまだ何かのために涙を流せる人間でありますようにと心の底から願った。





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