「えっ、ミカサさんと付き合ってるんじゃないですか?」
「はああ? ミカサはそんなんじゃねえよ」
前々からの疑問をエレンさんにぶつけてみたら、凄い顔をして一蹴された。
兵士でありながら巨人であり、その能力によって人類解放への道を切り開いていく彼を慕う兵士は当然多い。勿論私もその一人であり、今はこうしてエレンさん率いる分隊に所属するに至っている。そんなエレンさんとお付き合いしているのではないかともっぱらの噂なのが、次期兵長ポストと名高いミカサさんだった。もっとも、現兵長にはくたばる気配がない。現兵長はともかく、その噂について本人にここまではっきり否定されてしまうと少し困る。
「ミカサさん以外に誰がいるっていうんですか!?」
「いや、誰ともそういうのねえし…そもそも、今はあんまりそれどころじゃねえんだよな」
「そんなの勿体ないですよ! エレンさんかっこいいし、強いし、優しいし、エレンさんのこと好きだっていう人、私今までいっぱい見てきましたよ!」
「はいはいわかったって。俺はいいよ。パス!」
ソファから立ち上がって、不要になった書類を回収箱の中に無造作に入れるエレンさんの後姿は、他の男性より少し細い。細いけど、あの肩にはたくさんの期待が乗っているのだ。
「なんか飲むか?」
「あ、じゃあココアお願いします」
「遠慮ねえなあ」
苦笑しながらもちゃんと甘めにココアを淹れてくれたエレンさんは、マグカップをそっと手渡すとまたソファに座った。
「逆にさ、お前はどうなんだよ?」
「何がですか?」
「好きな奴とかいるの、ってこと」
同じようにココアの入ったマグカップを持って、脚を組みかえるエレンさんはなかなかに優雅だ。たったいくつかの年の差で、ここまで違うものなのだろうかと考えを巡らせる。私もエレンさんと同じ年になったら、大人っぽくなれるんだろうか? その前に私は生き残れるのか?
「おーい、聞いてんのか?」
「き、聞いてますよ! 今考えてるんです!」
「それ、いないって言ってるのと同じだぜ」
くしゃりと顔を歪めて笑うエレンさんの声を流すように私はココアを喉に流し込んだ。まだ熱さを持ったそれが食道をちくちくと刺激していって、思わず眉間が寄った。いけないこのままではあのドチビ兵長と同じような皺が出来てしまう。
「じゃあ今俺が聞いてさ、誰のこと思い浮かんだんだ?」
「えっ、うーん、エレンさんですかね」
「…へえー」
「ていうか、基本的にエレンさんのことしか考えてないですよ? 調査兵団入ってからずっと、あの人と一緒に巨人をぶっ殺したいって思ってたんですから! なんでしたっけ? エレンさんが調査兵団入るときに言ったセリフ! とにかく巨人をぶっ殺したいです、でしたっけ? かっこいいですよね…」
「いやあの…まあ…当時はいろいろ大変だったからお前が思ってるようなかっこいいシチュエーションではなかったんだけどさ…」
「そんなことはどうでもいいんですよ! わたしはエレンさんと一緒に外に出たくてここまで来たって言っても過言じゃないんですから!」
「…あのさ、お前」
俺のこと好きなんだろ。
困ったように笑うエレンさんにそう指摘されて初めて、これが恋であることに気づくのだ。