「おい、ちょっと離れろよ! 勘違いされちまうだろうがよ!」
「もー、ジャンも往生際悪いなあ」
「うるせえよ!」

夕飯時、食堂で言い合っているとミカサが入ってきた。手を振ってみるとこちらに気づいたのか、静かに微笑む。私は普段無表情なミカサがああやって静かに笑ってくれるのが好きだった。おそらく隣にいるジャンも。
ミカサに続いてエレンとアルミンが入ってきて、ミカサと同じテーブルに着席する。ちらりと横を見ればジャンの眉間がやや険しくなっているのが見えた。

消灯前に表の空気を吸おうと外に出た。外に外灯なんてものがあるわけもなく、私は暗い夜道をあてもなく歩いていた。訓練所について意味もなく風に当たっていると、後ろから足音が聞こえてきたので振り返った。

「あれ? ジャン?」
「うわっ!? なんだよ、お前かよ! なんでこんなところにいるんだよ」
「いや、それはどっちかっていうとこっちのセリフなんだけど」

相当驚いた様子のジャンは頭を掻きながら私の横に並ぶ。何事かと彼を見上げれば、やや高い位置にある彼の顔が少し悲しそうに見えた。

「あれ、ジャンもしかしてちょっと落ち込んでる?」
「うるっせえんだよお前は。いつもいつも」

おそらく考えているのはミカサのことだろう。ジャンの淡い恋心が実を結ぶことは、正直言って無いに等しい。
エレンとミカサの関係は私とジャンの関係に似ている。もっとも、私たちの関係はエレンたちのような強固なものではない。だけど、エレンがミカサを想う気持ちよりは、私とジャンの想い合いのほうが強いという確信があった。ミカサには悪いけど、エレンは巨人のことしか考えてなさそうだから。

「なーんでミカサかねえ。ジャンも」
「…お前だって、ミカサのこと好きじゃねえか」
「まあね。でも私はエレンのこと大好きなミカサが気に入ってるんだよ。エレンしか見えてないミカサが、私のことを友達だと思ってくれてるんだよ。それって凄いことじゃない?」
「さらっときついこと言うなよ」

ジャンは急にしゃがみこんだ。私よりも小さくなる。腰くらいまで降りてきたジャンの頭を軽く撫でてやった。

「でもジャンだってさ、凄いよ」
「…何がだよ」
「ミカサに認められてるじゃん。立体起動とか」
「ああ…まあ」
「あれってミカサに認めてもらいたくて頑張ってんでしょ。そんなに人を好きになれるって、凄いことだと思うんだけどなあ」

動機がどうであれ、頑張ってたのは伝わってると思うよ。そう言うと、無責任なこと言うんじゃねえよと涙混じりの声が聞こえた。言っておくがこれは無責任なことなんかじゃない。訓練のあと女子部屋でそういう話題になったりするのだ。ミカサが度々ジャンを褒めているのも聞いたし、その都度にジャンに報告していたのも事実だ。
あまりにも報われない恋をしている幼馴染が不憫で、ミカサに会うまでこうじゃなかったのになあ、なんて。

「ほんと、ジャンがこんなことになるなんて思ってなかったんだけどなあ」
「こんなことってなんだよ。無様って?」
「いや、女々しいなと」
「それフォローになってねえからな!」
「ま、いいじゃん。どうせミカサとは上手くいかないだろうけどさ、私は特に用事もないし。もうしばらく一緒にいてあげるからさ」
「…てめ、」

顔をあげたジャンの髪の毛をくしゃりと掴んだ。目元がうっすら赤いジャンにひとつウインクする。

「ジャンが幸せになるまで私が傍にいるよ。ジャンの幸せが私の幸せみたいなもんだからね」
「…頭の中、めでてえな」
「とかいって、お互い様なくせにさあ」

どちらか一方が幸せなら、もう片方も幸せなのだ。エレンとミカサのような強固な絆も想いもないけど、お互いの幸せを喜ぶことに関してはお互いに一流なのだ。今のジャンはちょっとわからないけど、私はそれで幸せなのだ。ジャンのそういう唯一でいたいと、私は心の底から思っているのだ。

「この原理でいけば、私たちは凄く幸福なペアなはずだよ。無償の愛! もしかしたらこの壁の中で一番かも! ねえジャン聞いてる?」
「…聞いてるよ」

立ち上がったジャンが切なさそうに私の肩に擦り寄るものだから切ないのが伝染して、吹いた風がひんやりしたからジャンの手に自分の手を重ねた。するりと絡んだジャンの手が大きくて、いつかこの手が、彼の大事な人を抱き締めることが出来ればいいなと、ただそう思ったのだった。





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