壁外調査。壁の外に出て3日目。なんとか生き延びている私は、リヴァイと木の上で見張りをしていた。さっきまで見張りをしていた2人組は木の下の簡易寝袋ですやすやと眠っている。夜の間だけ、私たちはどうにか外の世界とやらを堪能できた。だけどここから見えるのは、壁の中とあまり変わらない月と、森とか林とかそんなものばかりで新鮮味に欠けた。

「ねえ、巨人ってどうして人間を食うんだろうね」
「俺に聞くんじゃねえ。わかるわけねえだろ」
「理不尽だと思わないの? あいつらは必要もないのに人間を食うんだよ」
「……俺は不自然だと思う」

この世界は、この時代はとても生きにくい。たとえばあと100年前だったら、50年前だったらここまで生きにくくはなかったと思う。私たちは兵士だから、この生きにくさにも耐えられる。結果はどうあれ、現状を打破するための糧として生きていられる。だけど、兵士がいるということは兵士でない人もいるということだ。彼らは絶望したら死ぬことしか出来ないのだ。それも嫌なら、巨人の恐怖に怯えるだけの生活を送るしかない。ヘタをしたら、そんな生活を強いられていることにすら気がつかないのだ。

「…兵士は楽だと思うのか?」
「いや、そういうことじゃないよ。だけど、対抗の術を持たないで悲観的な未来を迎えるのはやっぱり辛いと思う。私たちは行動できるだけ、まだ選択の自由がある」

見上げた月はとても大きい。大きくて丸くて、手を伸ばしたら触れてしまいそうだ。触れるわけもないのに、手を伸ばすことすら躊躇してしまう、そんな気高さがあった。躊躇するという選択肢があるのは喜ばしいことだ。壁を越えるという選択肢がない人生。果たしてそれは幸せだろうか。幸せの定義なんてわからなかった。

「リヴァイはさあ、もし兵士にならなかったらどうなってたと思う? 王都出身だったよね?」
「さあな、考えたこともねえ」
「えー。ゴロツキだったって聞いたよ。強盗してるリヴァイとかイメージ出来ないなー」
「人使ってあらぬこと考えんな」
「私だったら耐えられないな。生きていけない。その辺の林とかで首括ってたかもよ」

人並みに色んなものを見てきた。元々私は家庭環境に恵まれたほうではなかったから、家を追い出されるように訓練兵になって、今ここにいる。生家がどうなったのかはもう知らない。連絡などは取っていないし、向こうも私はとっくに死んだものと思っているだろう。だから私には生きる理由がない。今でこそ、少しでも多くの巨人を殺そうと考えているけども。

「…巨人が人間を食うのが理不尽なんだったら、人間が人間を殺すのも理不尽だ。だが自分で死ぬのは理不尽でもなんでもねえ。不自然っていうんだ」
「リヴァイはたまに何言ってるかわかんない」
「頭使う機会を提供してやってるんだ」
「リヴァイのその定義、巨人が人間を食うのが不自然って、おかしいよ」
「………根底の話だ。そもそも巨人の存在自体が不自然なんだ。俺たちは不自然な暴力で殺される。人間と同じ範疇で考えるのが馬鹿馬鹿しい」

リヴァイの言うことも一理あった。だけどそんな広大なスケールの話をしていたわけじゃない。そしてこんな話をするために私たちは見張りをしているわけではない。暗闇の向こうに目をこらすが、特に異常はないようだった。月明かりがぼうと私たちを照らしていた。横を見れば相変わらず目つきの悪いリヴァイがいる。この人は私よりたくさんのものを抱えて、たくさんのものを見て、たくさんのことを考えて生きている。この大きな月と似ていると思った。そしてこの月は、手を伸ばせば触れるのだ。視線に気づいたのかリヴァイは目線だけ私に向けて、嫌そうに口を開いた。

「何見てんだよ」
「別に。ゴミついてるよ」

すいっと手を伸ばして、前髪を弾く。揺らされた前髪をじっと見て、彼は頭を振った。さらさらと、硬質そうな黒髪が流れた。

「なんでもいいけど、私は理不尽で死にたくないなあ。不自然に死ぬのも勘弁だね」
「当たり前だ。そんな馬鹿みてえな理由で死んでちゃ、人類に申し訳ねえって少しは考え改めろ。…それから」

リヴァイはそういって私の胸元のベルトを引っつかみ、ぐいと引っ張った。崩れた体勢を支えるのに手をつけば、リヴァイとの距離が近くなる。暗闇で瞳孔が広がった双眸と対峙する。真っ黒なその眼光に貫かれて、息が詰まる。

「俺の生きてるうちに死ぬな」
「…そっくりそのまま返すよ」




私たちは、生きていく。







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