「おかえりなさい、兵長」
「ああ」
そう短く言った兵長の顔色はやはりあまりよくなかった。団長秘書とはいえ、己の身を守るだけで精一杯なところはあった。思えば、この人ですらも壁外調査のあとは口数が少なかったのだった。
壁外調査について、ただ見送るだけの立場というのは随分久しぶりだ。帰ってきた仲間たちにどう声をかけたらいいかわからず、堪りかねてわたしは同僚の仕事場へと足を運んだ。相も変わらず油っぽいその部屋から、随分と距離の縮んだ同僚を連れ出す。彼女は元来技巧科の整備士だ。壁外にはあまり出ない兵士だった。
「ねえ、リュウトはさ」
「ん」
「帰ってきたみんなに何か言うの?」
「別に。なんも言わないよ」
リュウトは手拭いで爪の間を擦りながら言った。
「ぶっちゃけた話、帰ってくるこないなんていちいち気にしてられないよ。そんなの気にしてたら、心労で頭がどうかする」
「…、」
「…って言ったら誤解されるのかな。帰ってくる、帰ってきたもんだと思うことしてる。みんなの装置点検して、整備して、信じて待つ以外にやることないんだ」
そう言った彼女の声音は淡々としていて、表情を伺うのはどうも憚られた。信じて待つ以外にすることがない。それはどうしようもなく誠実で、同時にどうしようもなく残酷なもののように思われた。
「…あ、兵長だ。おーい、りばーいへいちょ」
遠目に、兵長の姿が見える。彼を呼ぶリュウトの声は平常通りだった。
「気の抜けるような声出すんじゃねえ。整備は終わったんだろうな」
「ほんっとに、整備するこっちの身にもなってくださいよ! アンタ使い方荒すぎ!」
「黙って直すのがお前の仕事だろうが… カーヤ、茶を淹れろ。少し休んだらエルヴィンと話をする」
「はい。お供します」
踵を返す兵長に追従すれば、同じように仕事場へと戻るリュウトが背を向ける。言葉はなかった。リュウトは兵長の帰還を無条件に信じているようだった。ただ信じて待つことが如何に難しいかは筆舌に尽くし難い。それを団員全員に向けるのは容易なことではない。心を痛めたことすら無かったことにして隠し通すのはある意味薄情なのかもしれない、と漠然と思った。
「何難しい顔してんだ」
「え? …ああ、いえ」
人類最強という、ある意味何物にも替え難いこの貴重な財産に付き従っていくのは、思っているより難しいことなのかもしれない。