ノエルのことを失いたくないと、心底思った。

目の前で仲間が殺される光景はもうたくさん見た。何度も何度も、目の前で仲間を食い殺されてきた。仲がいいとか悪いとか、そんなものは関係なくなるくらい目の前で食い殺された。
生き延びるためには巨人を殺さなくてはならない。俺は巨人を殺すことに徹したが、反りが合わないがために連携が噛みあわなくて不必要に食われた奴も相当数いた。俺の所属する班が全滅したことも1度や2度ではない。俺の所属する班が、というのも正しい言い方ではない。班の中で俺だけ生き残ったという話だ。
仲間が殺されることに麻痺していたといえば嘘になる。次は誰が死ぬんだろう、誰が俺を置いていくんだろうと、そればかりが脳裏をよぎるようになっていった。次の壁外調査が終わる頃、こいつはいないかもしれない。次の拠点に行くまでに、こいつは死ぬかもしれない。あと数分後、こいつはもう食われているかもしれない。そんな世界だ。
いなくなることを前提に接していた。必要以上に愛着を持つと痛い目を見る。いつしかそれを知った。

最初は気に入らなかった。
フォローするつもりだかなんだか知らんが、俺の班員の死体と巨人どもの死体を前にする俺に向かって「流石ですね」とか抜かした。お前が流石と褒めた男のせいで、その男が信用されなかったばかりにこの事態を招いたというのに。
あまりにも気が立っていて、そんなつもりはまるで無かったのに抱いてしまった。抱くなんてぬるい表現では流石に彼女に申し訳ない。あれは「犯した」というべきだ。
俺は他人が好きじゃない。可能な限り物理的接触を避けたい。他人に触れられると気分が悪いし、どこか落ち着かなくなる。自己暗示である程度抑制は出来るが、基本的に他人の作った料理や淹れたコーヒーは飲めない。
そんな俺が自分から女を押し倒して犯したというから今でも驚きだし、当時の彼女が処女であったことを感謝しなくてはならない。中古だったら冷静になったとき吐いてた。

彼女が処女であったことを良いことに、しばらく性欲処理に使った。彼女が彼女の愛する男と結ばれるくらいまで使おうくらいの気分でいた。よく見れば悪い顔ではないし、思慮深いうえにそれなりの上品さはあった。男の経験がないのが不思議なくらいだったが、浮ついた話題には向かないタイプだと後から思った。
関係をしばらくずるずると続けているうちに、彼女とは同じ部屋にいても、同じように生活行動をしても苦に思わなくなっていたことに気がついた。情事後すぐ帰していたのに、朝まで一緒に布団で寝ても違和感を覚えなくなっていた。
彼女には部屋のシャワーも貸せたし、食器や洗濯物も任せておけた。休日の朝、隣で阿呆面晒して寝ているのをぼけっと眺めていることもあった。
これが愛着であると、認めるまで時間がかかった。
認めてしまったら最後、彼女を調査兵団に置いておけなくなった。死ぬかもしれないからだ。彼女といる一瞬一瞬を、これが最後かもしれないと思いながら生きていくのは苦痛だった。俺は彼女を異動するよう提案した。
異動が決まったとき、安堵した。俺より先に死ぬことはないと思った。同時にそんな自分に軽く嫌気がした。ノエルを失うことを怖がる自分が薄気味悪かった。愛着を持たないと言いつつ、グンタの、エルドの、オルオの、ペトラの死体を見て、心が冷えるような思いをした自分を戒めたかった。
俺は甘い。エルヴィンほど非道になれない。そこが自分の弱さだと、自分で知っていた。ノエルを戦線から排除したことで、もうこんな思いをすることもないだろうと思った。


なのに、ノエルは再び戦場に立った。


ノエルが再び戦場に姿を現すことになる数日前、つまり壁外調査から帰ってきた日、また俺の班が壊滅した日。ノエルの家には誰もいなかった。合鍵で中に入り、いつものように過ごしていた。脳裏を過ぎるのは班員の死体。ペトラの死顔にノエルの顔が重なった。
帰宅したノエルは少し酒が入っていた。そのせいか彼女はいつもより饒舌だった。彼女は俺たちの関係とは何なのかと問うた。
俺にとってノエルは最早唯一だ。確かに愛の言葉を囁いたことなんてないし傍にいろと言ったこともない。ノエルがこの関係に疑問を持つのは当然と言えば当然だった。それでも、どこか落胆している自分に気が付いた。ノエルにとって俺は一体どういう存在なのかと思った。
抱いてもいいよと彼女は言った。出て行こうとした俺の腕をとって、離さなかった。ただ抱きたくて一緒にいるわけじゃなかった。でもノエルがそう思っているなら、俺に付き合っているだけだったら、俺は彼女に行為を半強制しているだけのただの男ということになる。
考えるのが嫌で俺は眠った。朝起きてノエルの顔を覗き込めば、夜のうちに泣いたのだろう、寝顔の目元は赤く腫れていた。

王都召集の日、顔色の優れないノエルに声をかけた。出来るなら戦線から離脱しろと、離脱出来ないなら無茶だけはするなと、それを伝えたかった。
目の前で仲間を殺され続けた俺のことを理解しているからこそ、伝わると思った。しかし現実とは本当にうまくいかないもので、ノエルは綺麗に敬礼をして見せた。兵士長としての俺を、俺のための調査兵団を、人類のために守らなくてはいけないと言った。そうして彼女は去った。彼女は去り際、一度たりとも振り返らなかった。



***



地に近づく身体。兵士の残骸がぶつかったとき、ワイヤーがかなり余分に伸びた。巻き取りの威力が弱まっている。それでもこの速度で、この高さから地面に突っ込んだらひとたまりもないなと思った。いつもの速度であったなら、これだけ悠長に考えごとをすることもなかったのに。
死んだら、リヴァイは怒るだろうか。


「…ノエル!!」


がしりと、やや乱暴な手つきで、誰かがわたしを抱きとめた。そのまま屋根へと着地する。

「ああ、よかった。間に合ってよかった」

そう言いながらわたしを抱きかかえるのはエルヴィンだった。

「エルヴィン!? どうしてここに」
「女型が移動しているので、わたしも立体機動で移動していたんだよ。よかった。本当によかった」

奇跡的だ。エルヴィンが立体機動で空中を移動していて、さらにわたしのことを見つけて助けてくれた。なんたることだ。

「女型は」
「依然として壁へ向かっている。エレンが後を追っているよ…ただ、このままでは壁を越えてしまう可能性がある。そうなれば今度こそエレンの生命の保証は出来ないし我々の立場も怪しくなる」
「こうしてはいられません。行こう、エルヴィン…っ、」
「駄目だ。左肩を負傷している。ハンジに診せたほうがいい」

わたしを屋根の上に下ろしたエルヴィンは女型の行方を視線で追った。壁を登っていく女型。このままではウォール・シーナ内部からの脱走を許してしまう。そうすればウォール・ローゼを内部から破られる可能性が出てくる。
女型に追いついたエレンが、何かを投げた。投げられたそれは空中で鋭い軌道を描き、女型の指を切り落とす。ミカサだ。指を切断され、蹴り落とされた女型は地面に落ちていく。まるで先刻のわたしのように。





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