「おい、ノエル」

エルヴィンの追及から逃れ、訓練兵団の持ち場へ戻ろうとしていたところに、声をかけてきた。任務が始まる前には指揮部隊に加わると聞いていたのに。

「リヴァイ」
「行くのか」
「…エルヴィンにあなたの顔色を聞かれたわ」
「は?」
「用事は何かしら。わたしもそろそろ行かないといけないんだけど。あまり長く抜けていると怒られる」

怪訝そうな顔をするリヴァイを無視して、話を促す。

「どのあたりで調査兵団のほうに加わるんだ」
「エレンがジャンと入れ替わったときを上手く見計らって」

ふわり、建物の隙間から吹いた風に髪が揺れる。リヴァイの首元のスカーフが不規則な動きを見せた。

「…お前も、俺より先に死ぬんだろうな」
「…………なめてんの?」

空間の温度が下がったような感覚がした。戦場の空気だ。

「相手はあの女型だ。俺の班はあいつにやられたんだ」
「調査兵団の兵士なら本望だわ。リヴァイ班に後続できるんだもの」
「ふざけたこと言ってんじゃねえよ。今殺してやろうか」
「冗談よ」

殺気を放つ彼に、ひらひらと手を振って冗談であったことを伝える。それでも彼の眉間の皺は深くなっていくばかりで、眼光はぎらりと光って、一体彼は今から何と戦うつもりなのかと問いただしたくなるような雰囲気だった。
リヴァイが何を言いたいのか察していないわけではなかった。彼はわたしを行かせたくないのだと思う。調査兵団の所属ならまだしも、わたしは訓練兵団の所属だ。死ぬ必要のない兵士だからだ。昨日の朝、静かに罵りの言葉を吐いたリヴァイを思い出す。しかしリヴァイがいくら難色を示そうとも、わたしも一介の兵士である。そして、エルヴィンという兵団の長に、リヴァイという一人の兵士に、全幅の信頼を寄せて戦う兵士の一人であった。わたしは静かに敬礼した。

「リヴァイ兵士長、わたしも公に心臓を捧げると誓った兵士です。この身など喜んで捧げましょう」
「…てめえ」
「しかしわたしが心臓を捧げるべきは王ではないと思っています。この発言が反逆の罪に問われるなら甘んじて受ける覚悟です」

リヴァイが何か言おうと口を開く。それを遮るかのように口を開いた。

「真にわたしが心臓を捧げるべきなのは王などではありません。リヴァイ兵士長、貴方です。貴方の為に剣を奮い、貴方の腕となり脚となり、貴方の前進の糧になる為に、わたしはここにいるのです」

遠くで鐘がなった。もうすぐ任務が始まる。調査兵団が出兵する頃だ。本格的に油を売っている場合ではない。それはリヴァイも同じはずだ。
鐘が鳴り終わるまでたっぷり沈黙を置いて、わたしは口を開いた。

「…ま、大袈裟に言ったけど。あまりなめないで。わたしだって兵士だから。リヴァイに口出しされる筋合いはないわ」
「兵士長の話を聞かない兵士なんて俺だったらいらねえよ」
「でも今回わたしが出陣するのは…エルヴィンのためだし、エレンのためでもあるけど、あなたのためでもあると思うわ。リヴァイが前線に復帰するまで繋がなくちゃならない。リヴァイが戻るまでに兵団が壊滅したら洒落にならない」
「…」
「それじゃあ、またあとでね」

早く訓練兵団の持ち場に戻らなくてはならない。リヴァイの返事など待たずにわたしは踵を返した。いつも彼が出て行くときのように。




訓練兵団は、エルヴィンを筆頭とする調査兵団の周囲を囲むような配置で王都内を歩いていた。エルヴィンの後ろにリヴァイ、そしてハンジたち分隊長が続く。エレンに扮したジャンが乗っている馬車は分隊長の列に挟まれるようにして歩いていた。本物のエレンは後方の歩兵列の最後尾に紛れており、訓練兵団としてのわたしの配置もその最後尾に位置していた。
前列が曲がり角を進み、後列もそれに続く。列と監視の訓練兵団員の過半数が角の向こうに消えたのを見計らい、最後尾のエレン一行を連れて来た道を戻る。後列監視の兵士が気づく前に事を進める必要があった。

「アルミン、いけるわね」
「任せてください」

女型の本体と思われる少女…アニもわたしの教え子であることは間違いなかった。その子に刃を向けることに抵抗がないわけではなかったが、私情を挟んでいる暇は勿論ない。
そして、エルヴィンたちの策略通り…彼女は姿を現した。




立体機動による戦闘は久しぶりだ。そもそも戦闘が久しぶりではある。路地裏でアニを拘束しようとしていた兵士たちが軒並み吹き飛ばされたことで、わたしを含めた調査兵団たちは直ちに戦闘態勢に移った。動きは遅いが、立体機動を装備している憲兵団たちも加わっているようだ。
容赦なく建物を破壊していく女型の気を引くべく、ギリギリのラインまで近づいて飛び回る。

「エレンはまだなの!?」
「まだ巨人化出来てないんだろう。このままではミカサとアルミンが危険だ!」

途中で合流したハンジと言葉を交わしつつ、エレンの顕現を待つ。このままエレンの巨人化が遅れれば、すぐ近くにいた2人の身が危険なことは明らかだった。

「わたし、2人を見てくるわ。ミカサはともかく、アルミンが心配」
「待って、今近づくと危ない!」

女型が破壊した建物の瓦礫が飛んでくる。すぐ隣にあった煉瓦棟にアンカーを刺して飛び移る。と同時に、とうとうエレンが顕現した。ミカサとアルミンがこちらに飛んでくるのが見える。

「ノエル、私達もここを離れよう。巻き添えを食らっては元も子もない」
「そうね」

エレンと女型の戦闘を尻目に、避難すべく後方へと飛ぶ。やや離れた頃に振り返ってみると、女型が壁に向かって走って行くのが見えた。

「壁に…? ここで逃がしたらまずい、行こうノエル!」
「ええ」

走って行く女型に追いつき、ハンジと分かれて別行動を取った。話によると女型には硬化能力があるらしいので、白刃による物理攻撃はほとんど功を為さないとのことだった。他の兵士たちも女型の周囲を飛び回る。進行を妨げる程度のことは必要だった。
数人の兵士たちが目を潰そうと特攻していく。それを女型は空中でキャッチし、振り返った。
振り返った女型と、目が合った。
女型の瞳孔が、キュッと細くなるのを見た。
そして兵士を握り締め――彼が絶命したのが見え――腕を振りかぶり、投げた。わたしに向かって。

「―――ッ!!」

咄嗟に地へとアンカーを刺し、避けようとする。しかしワイヤーの巻取りが間に合っていなかった。
兵士の残骸がわたしの左肩を掠める。摩擦か、衝撃かわからない痛みがその箇所を襲った。体勢が崩れ、わたしは地へと落ちていく。





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