起きれば既にリヴァイがコーヒーを淹れていた。
目をこすりながらテーブルに向かうとリヴァイがコーヒーの入ったカップをくれた。

「ありがとう」
「寝癖が悲惨だぞ。見苦しい」
「ごめん」

手櫛で適当に直しながらコーヒーを啜っていると、リヴァイが怪訝そうな顔でわたしを見ていた。

「ノエル」
「なに」
「目が赤いが。腫れているのか?」

そういって指先を伸ばして、わたしのまぶたと目の下をなぞった。くすぐったくて目を閉じた。リヴァイがテーブルの下で脚を組み替える音がした。

「明日、ウォール・シーナ内で任務が行われる」
「…ウォール・シーナで? 訓練?」
「違う。列記とした巨人の生け捕り作戦だ。」
「マリアの…ローゼの間違いじゃなくて?」
「シーナだ」

カップをソーサーの上に置き、両肘をテーブルにつけて指を組む。リヴァイの言っている「生け捕り作戦」の意味がわからなくてわたしは混乱していた。シーナの中に巨人がいるはずがないのだから。

「昨日、俺の班が壊滅したと教えたな」
「ええ」
「それをやった奴だ。エレンと同じ…巨人化能力を持った女だ。そいつが、シーナの中にいる」
「…要するに、人類の裏切り者というやつかしら」
「間違った表現ではない。おそらくお前も招集されるだろう」
「わたしが?」
「今回の壁外調査で、調査兵団は多大なる被害を出した。俺自身もそうだ」
「は?」

忌々しげに指先を見つめるリヴァイの意図がわからず尋ね返す。

「膝をやられた。日常生活には問題ないが、今戦闘に参加するというのは賢明じゃねえな。とにかく今は人手が足りない。元だとしても調査兵団は調査兵団だ。囮にはなるだろ」
「囮はともかく、それ、治るんでしょうね」
「治すしかない。お前なんぞに巨人を頼めるか」

急に静かになった部屋。立ち上がり様にリヴァイがひとこと、くそがと罵りの言葉を呟いていたのをわたしは聞き逃さなかった。






その日のうちに、わたしにも招集命令がかかった。訓練兵団に課せられた任務の名目は「王都に召集される調査兵団の監視」だった。エルヴィンをはじめとした調査兵団の面々に対し、王政府や憲兵団が不信感を募らせていたことを利用したエルヴィンの発案だった。おそらく「我々に監視をつけても構わない」とでも言ったのだろう。
久しぶりに顔を合わせるエルヴィンは申し訳なさそうな顔をしていた。

「すまないね、ノエル。急に呼んでしまって。こんな状況で、しかも非常に危険な任務だ」
「むしろわたしは貴方に感謝するべきです、エルヴィン団長。参加召集、とても光栄です。お身体に変わりはないですか」
「とても元気だ。ありがとう。畏まった話はもうよそう。ところで急で悪いんだが、」

そこで突然声を潜めるエルヴィン。聞き漏らしがないようにこちらも耳をそばだてる。

「リヴァイとは最近話したかね」
「リヴァイ兵長ですか? ええ、先ほどお見かけしましたが」
「彼、最近何か変わったことはなかったかい」
「変わったこと? お変わりはなかったようですが」
「そういうことを言ってるのではない。私の目を誤魔化そうとするんじゃない」

エルヴィンの口調がやや険しくなった。何故。エルヴィンの口ぶりは、わたしとリヴァイの間に何か関係があると確信しているかのようだった。

「私が訓練兵団にいる元調査兵団も戦力にしようと言ったとき、リヴァイの顔色が変わってね。すぐに君のことを思い出したよ」
「…また、何故」
「そもそも君を訓練兵団に異動させようと提案したのはリヴァイなんだ。おかしいとは思わないか。リヴァイがそんなことを言い出すなんて」
「そう、ですね」

今エルヴィンはなんと言った? わたしの異動はリヴァイによる提案? まさか。

「今回もね、リヴァイは相当渋ったんだ。訓練兵団の兵士を頭数に入れることを。…君を戦力として確保することを」
「エルヴィン、少し考えすぎなのでは。兵長がそんなこと考えてるとは思えません、」
「…ノエル、君は少し…現実を見るちからが失われてしまったのではないかね。いつからそんなに臆病者になった? 何が怖いんだ」
「何が言いたいのかわたしにはわかりかねます」
「ノエル」
「兵長が、わたしのことを大事にしてるとかそういうのは、期待しちゃいけないと思うんですよ…あまりに…あまりにおこがましいんじゃないですか」
「おい、ノエル!」

エルヴィンの言葉を無視して、わたしは走り出す。エルヴィンは何を言い出すんだ。そしてわたしは何を言っているんだ。
ひとに言うには、あまりにおこがましい願いだったと思ったんだ。リヴァイがなぜわたしを抱くのか、どうしてわたしのそばにいるのか、常識的に考えたら答えはひとつしかないはずなのに、それ以外の答えがあることが怖くて。
エルヴィンの言いたいことはわかっていた。どうしてリヴァイがわたしといるのか、それを彼なりの解釈で理解している。しかしリヴァイの心はリヴァイにしかわからない。いくらわたしが、エルヴィンが、今は亡きリヴァイ班の面々が同じ答えを持っていたとしても、リヴァイの持つ答えとは異なるかもしれないのだ。

わたしは怖いのだ。だから自分の考えを信じてはいけないし、他人の考えも信じてはいけない。
信じて、願って、突きつけられた答えが全く違うものだったら、わたしはどうなってしまうのだろう。
リヴァイがわたしを愛していなかったら、ただの性欲処理だったら、リヴァイとの縁を、親愛を、慕情を信じていたわたしはどうなってしまうのだろう。
傷つきたくないのだ。失いたくないのだ。いつか来る終わりだとしても。




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