調査兵団が帰還して数日経った。
訓練兵団は今の時期仕事がない。駐屯兵団と一緒に壁の補強をしていたが、帰宅途中で門兵に捕まって酒に付き合わされた。話半分に聞き流していたところ、調査兵団の話題になったのでさりげなく会話に加わった。

「なんでも、あのエレンってガキの処分で大変らしいぜ」
「エレンって、巨人になれるって噂のエレンかぁ?」
「今回の壁外調査で何かしら成果をあげるって啖呵切ったらしいが、あのザマだろ? エルヴィン団長もリヴァイ兵士長も面目丸つぶれじゃないのかねえ」
「味方だかどうだかしらねえが、巨人を壁の中にいれるたあ正気の沙汰とは思えんねぇ。2人ともそろそろ死んじまうかもしれねえぜ? ひっひ」
「…今回の壁外調査、どうだったんですか? まだわたしのところまで情報が来ないんですが」

言いたい放題言う門兵どもの会話を制して、詳細を尋ねる。
酔っ払いの発言はわかりにくかったが、今回の壁外調査は散々だったらしいということが聞けた。昼前に帰ってきたところから察するに朗報があるわけないと思っていたが、兵士の被害も甚大なうえに、多額の資金をかけて製作した新たな武器も壁の外に置いてきてしまったらしい。
処分との話があったエレンはおそらく生きているのだろうが、身の安全が保障されているわけではなさそうだ。責任問題の話になっているあたりリヴァイも生死に関しては問題ないだろう。
わたしは適当に話を切り上げ、帰路についた。




「…いたの」
「遅かったな」

鍵を開けて家に入れば、我が物顔で寛いでいるリヴァイの姿があった。調査はどうだったなどと無粋な話はしない。お前には関係ないと一蹴されるのが落ちだ。

「夕飯食べた?」
「いらねえ」
「そう」

先に付き合わされた酒とつまみのせいで、あまり空腹は感じなかった。
とりあえずコーヒーを2人分用意し、テーブルに置いた。陶器のぶつかる音を聞きながらリヴァイの隣に座り、ちらりとリヴァイの横顔を見やる。

「なんか痩せた?」
「気のせいだろ」
「そうかしら」

ソファにどっかりと腰掛けたまま細く息を吐いて、リヴァイがカップに手を伸ばそうと身体を起こす。カップを取り、中の黒い液体を見つめてソーサーの上にカップを戻した。
前傾姿勢になったまま、彼は右にいるわたしに表情が見えないように顔を覆った。

誰か死んだのだろうなと、思った。





リヴァイは孤独な人だ。それこそ人が思うよりずっと。
人類最強と讃えられるが故に、絶望に悲しみに濡れることすら許されない。人類の希望でなければならない。だから彼は弱音など吐かないし、何が起きても、何が起こったとしても彼のペースを貫く。
最強であるが故に、誰よりも多く仲間を殺され、誰よりも深く巨人を憎み、誰よりもかたく掌を握り締めて生きている。兵士の誰よりも、人類の誰よりも、自分が死ぬことを許さないような人だった。

「…リヴァイ」
「なんだ」
「一緒に寝ようか」
「馬鹿言うな。てめえの寝相が悪すぎて毎回風邪引きそうだ」
「今のリヴァイ、あの日のリヴァイに似てるよ」

リヴァイの顔を覆っていた手が剥がれ、ゆっくりとコーヒーカップに近づいた。カップを手に取り、口元に近づけて、そっとソーサーの上に置いた。壊れ物を扱うように。ソファの背もたれに再度どっかりともたれると、腕を組み脚を組み、眉間に皺を寄せて目を閉じた。

「ここで寝る」
「馬鹿言ってるのはどっちなの。それこそ風邪引くよ」

そっとリヴァイに近づいて、肩を寄せてみる。薄手のシャツはひんやりとして、わたしの肩から体温を奪っていく。ややあってからこつん、とわたしの頭にリヴァイの頭がぶつかった。ぶつけようとしてぶつけたものではない。
わたしにそっと寄りかかる、彼なりの精一杯だった。





「特別作戦班、壊滅」

照明を落とした部屋で、わたしたちはベッドに入っていた。壊滅、それだけ言ったリヴァイは天井をひたすらに眺めている。特別な任務がある際にはリヴァイを中心に特別作戦班と称される精鋭部隊が組まれ、遂行するのが常だった。屈指の実力者が集う班であるはずなのだが、それが壊滅となると今回の任務の困難さが推測される。これ以上の詮索は彼に悪い気がしてやめた。

「エレンのことも気がかりだ。連中の前で啖呵切ったはいいが…明確な戦果は上げられてない。対策は立てたが、これも上手くいかなかったらエレンの生死が危うい」
「今はどうしてるの」
「まだ本部にいる」
「そう」

ごそりと、リヴァイがわたしのほうに寝返りを打った。視線を感じてわたしもリヴァイのほうに寝返りを打つ。

「あの日の俺と言ったな」
「前にもリヴァイの班が全滅したことがあった」
「お前を犯したときの話か」
「そうだよ」

リヴァイは珍しく穏やかそうな表情を見せた。

「今思うと悪いことをした」
「痛かった」
「悪かった。許してもらおうとは思ってないがな」
「まあ、然程気にしてないけどね。ただ、」

言いかけた言葉を嚥下する。この問いを投げてしまってもいいのだろうか。いつものリヴァイならともかく、今の彼はややナーバスだ。

「早く言え」
「いや… わたしたち、いつまでこんなことしてるんだとは、思う」
「…何を言ってる」
「何って。わたしたちの関係ってなんなのかなって。リヴァイは思わないの?」

口を噤んだ彼の眉間にはいつものように、否、普段の3割増くらいで皺が寄っていた。急に上半身を起こし、ベッドから降りようとする。

「ちょっと、何してんの」
「…迷惑なんだったら早く言え。出て行く」
「そんなこと言ってないでしょ」
「同じようなことだろう」
「違うって」

慌ててリヴァイの手首を掴む。わたしを見下ろすリヴァイの顔は月明かりの逆光でよく見えない。

「出て行ってほしいわけじゃない」
「俺にどうしろと」
「……抱いてもいいよ」

ここで手を離してしまえば何か重大な誤解が起きる気がした。いつか関係が終わるとしても、それが今であったとしても、今のリヴァイに誤解させてはならない。だからこの手は離してはならない。
今わたしが手を離したら、彼はどこに肩を預けたらいいのか。

「寝ぼけてんのか?」
「寝ぼけてない。でも、今、リヴァイに出て行ってほしくない」
「抱かねえよ」
「抱かないならそれでもいいよ。でもわたしは抱かれたくないなんて一言も言ってないから。それだけは、」
「…お前も疲れてるんだろ。寝よう」


意外にも大人しく布団に潜り込んだリヴァイは、わたしに背を向けて横になった。背中が妙に悲しげに見えて、やっぱりしてはいけない話題だったのかと思った。
そのとき初めて、わたしはこの関係が気に入っていたことに気が付いた。終わりが示唆されていたとしても、それでもまだわたしたちはこのままでいられるだろうという漠然とした確信があった。彼はいつまでもわたしだけを抱くだろうと思っていた。彼はわたししか抱けないという仮定を、事実であれと願っていたことに気づいた。
身体だけの関係なんかじゃない、そう願うのはリヴァイも一緒であってほしいと、急にそう思って、目の奥が熱くなった。願いの重さに耐え切れなくて、わたしもリヴァイに背を向けた。






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