アンカーが空気を切り裂く音がする。肉に刺さるそれは、ぐずりと嫌な音を立てた。ワイヤーを高速で巻き取り、対象の背後へ。巻き取り続けるワイヤーの動きに従い、目標地点へと接近。1mと少し分、肉を削ぎ取って、眼前に迫る肉壁を蹴ってから地面に着地した。
ここはウォール・マリアの壁の外。言うまでもなく、壁外調査の最中だった。我が班、調査兵団第7分隊は、団長を中心とする上層班から見て左寄りの配置だった。とは言え、巨人との戦闘を挟めば各々がどこにいるのか、いつ巨人と遭遇したか、いつ撤退かなどの情報伝達が難しくなる。いくつか信煙弾は持っているが、詳細はわかっているがその後どうしたらいいか伝わりにくく戦果は上げにくいのが現状だった。先ほど現れた5m級の巨人も、幸い負傷者もなく容易に討伐出来たが他の班もそうであるという確証は何処にもない。

「よくやった」
「有難うございます」

馬に跨って隊列に戻れば、第7分隊の分隊長、リヴァイが口を開いた。出身の問題か、入隊当初は煙たがられていた節のある彼が実力を認められてこうして肩書きを持つまで、そう長くはなかったと記憶している。

「しかし、今日はいやに静かだな」
「今回は何処もあまり遭遇してないんでしょうか」

どうだかな、ぼそりと呟くリヴァイ分隊長の横顔を盗み見る。彼とは訳ありの間柄だった。出会ってから半年ほどになるが、何の因果かよく顔を合わせていたしバディもよく組んでいた。あの最悪な出会いからよくここまでチームメイトとして完成出来たなと思う。とはいったものの、命がかかっているとなれば私情を挟む余裕はない。彼の分隊にこうして所属したのは最近だが、当然と言えば当然の結果なのかもしれない。

「おい、見ろ…12はあるぞ」
「避けて通れそうにないですね。私が脚をやります。分隊長が止めを」
「わかった」

前方に現れた12メートル級を相手に、算段を立てる。後方の部下たちに補佐を頼んだ分隊長がまた、討伐数を上げた。

「ご苦労だった」
「お見事でしたよ」

馬上で体制を整えながら再度駆け出す。しばらく行けば、突如紫の信煙弾が上がった。それを見たリヴァイが怪訝そうな顔をしては打ち上げる。打ち上げた信煙弾を見たであろう次の班が信煙弾を撃ったのを確認して、私達は顔を見合わせた。

「撤退か? 急だな」
「分隊長、あそこに伝達が見えています……なにか様子が変ですが」

血相を変えて飛んできた兵士が、近づくや否や口を開く。彼から伝えられた情報に、私達は言葉を失った。到底信じることの出来ない、想像も出来ない事案だった。なぜ。どうして。

「壁が突破された…!? ウォール・マリアが!?」
「団長たちは既に戻っているところです、わた、わたしも動揺して、」
「四の五の言ってる暇はねえ、行くぞ、死ぬ気で走れ!」
「はっ!」

伝達役を残し、馬を走らせる。信煙弾の名残か、奇妙な色に濁る空を見上げる。壁の視認はまだ出来ない。これがなにか誤報であればと願っていた。おそらく、誰もが。









地獄を見ているのかと思った。
シガンシナの美しい街並みは跡形もなく、瓦礫と、人であったろう肉片が至る所に視認できた。

「ぁ………あ、街が、」
「なんて、…こった」

僅かに震えるリヴァイの声が遠く聞こえる。握ったブレードが手から滑り落ちそうだ。今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだった。どのくらい呆然としていたのかわからない。黒や黄の色をした巨大な頭がふらふらと蠢き、時折しゃがんでは建物をまた破壊していく。あそこに、人がいるのかもしれない。それを探しているのかもしれなかった。逃げたい。今すぐ。こんなのもう助けられないし、突破された壁は塞げない。

「壁、突破されて、…わたしたちは、人類はどうなり、ます?」
「…」
「我々調査兵団は、本当に、ただいたずらに巨人を肥やしただけで、終わるんですか?」

返事はなかった。終わりだ、と漠然と思ったそのとき、背中を物凄い力で叩かれた。思わず、息が詰まる。

「グダグダ言ってんじゃねえ! てめえの心臓は何のためにある! まだ住民がいるかもしれねえんだぞ! んなめんどくせえことは巨人の腹の中で考えろ!」
「…、!」

リヴァイがぐっと拳を握り締めた。その拳を、わたしの左胸に強く当てる。少し圧力のかかった心臓が、何事かと少し鼓動を早めた。

「…ええ、そうですね。こういうときのために、我々がいるんです」
「殊勝な発想だ。行くぞ、後に続け、ノエル!」
「ハッ!」

斬り刻み、削ぎ落とし、人を抱えて跳んで、数の減らない巨人共を掃討し続ける。わたしたちは互いの視界に互いを認め続けながら、捧げたこの心臓が尽きる前にほんの少しでも多く、人類の糧になるようにと祈らざるを得なかった。この戦いが、自分たちの存在が無意味でないことを信じたかったのだった。信じなければ、折れてしまいそうだったのだ。

それからどのくらい経ったのか。ブレードの予備が少なくなってきた頃、ウォール・ローゼ側の大砲が空砲を奏でた。撤退命令だった。

「撤退!? どうして!」
「ノエル! 無事か!」

名前を呼ぶ声に振り向けば、ボロボロのエルヴィンがこちらに駆けてくるところだった。ワイヤーの巻き取り速度がかなり落ちている。装置が消耗しているのは明らかだった。エルヴィンはわたしの隣に来るなり、やや離れたところで空砲を睨むリヴァイを呼んだ。

「撤退命令だ、ローゼに入るぞ!」
「……わかった」

強く、グリップを握った。リヴァイのブレードから、短くなった刃が落ちる。最後の刃だった。ローゼに向かおうと伸ばしたワイヤーを巻き取り、跳躍しようとしたときに上手く空中に留まれず、傍にいたエルヴィンが抱えて跳んでくれた。わたしもガス欠だった。エルヴィンに抱えられながら、血痕と破壊のあとが夥しく残る町並みを眺めた。撤退する兵士を、のろのろと巨人が追う。人類は負けたのだった。小さく漏れた嗚咽が耳に届いたのか、エルヴィンの腕に込められた力が少し強くなった。





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