エルミハ区に着いてすぐ、ハンジたち即席班は出発した。避難のためにごったがえす一般市民をただぼうと眺めるニック司祭を遠巻きに眺め、リヴァイは小さく溜息をついた。

「落ち着かねえな」
「ね、言ったでしょ。わたしがいなかったらあの状態の司祭と2人よ?」
「…」
「ハンジの気遣いに感謝しないと」

やがて、リヴァイが呆然としたままの司祭の首根っこを掴み、ずるずると街の中に入っていった。それを慌てて追いかける。人の流れに逆らって進むリヴァイはあまりに小柄で、司祭がいなければ見失っていただろうなと漠然と思った。



「…あのね、リヴァイ」
「なんだよ」
「流石にどうかと思うんだけど」
「この非常事態だ。元の持ち主だって文句は言えねえだろうがよ」
「それとこれとは話が別だと思う…」

司祭を連れたリヴァイが入ったのは小さなバーだった。勿論客はいない。店主がいるわけもない。突然の避難命令により鍵もかけずに無人となったこの小さなバーでわたしたちは寛いでいる。事実上の不法侵入だ。流石元ゴロツキの発想だなどと感心している場合ではない。ちなみに司祭は考え事がしたいと言って、端の一角に行ってしまった。頭を抱え、たまに何か呟いている。おそらく不法侵入どころではないのだろう。無理もない。
当のリヴァイは、席に残されていた未開封の煙草の箱の包装をばりばりと剥いで、1本取り出して口に咥えた。近くにあったマッチで適当に火をつける。

「…煙草、まだ吸ってたんだ?」
「あ? …ああ、そうだな」

わたしがまだリヴァイの分隊にいた頃、リヴァイはよく煙草を吸っていた。理由について触れたことはない。ただ、喫煙者であると知ったときひたすらに意外だと思った。意外だとは思ったが、どこか納得した自分もいた。人類最強クラスなのではないかと囁かれ、期待と羨望を一身に背負い、それに応えることも、戦場で自分一人生き残るのも、置いて逝かれるのも嫌になってしまったのではないだろうか。嫌気がさしたところで、戦場での殉職はおそらく許されない。人類は彼の殉職を許さないだろうなと思った。
リヴァイの喫煙は、殉職が許されないが故の、緩やかな自殺だと思っていた。だからわたしは、可能な限り、煙草を吸う彼のすぐ隣で黙って副流煙を吸っていたのだ。時折邪魔だと言われはしたが。

「そういえば、わたしの家で吸ったことないね」
「まあ、仕事の後まで煙草吸おうとは思ってねえからな」
「…ねえ、なんで煙草吸うの」
「もう忘れた」

忘れたというのは本音か、それとも意図的なものか。
すう、と吸い込まれた空気が、白く濁ってふわふわと吐き出される。鼻腔をくすぐるそれを酸素と一緒に取り込んだ。

「昔…俺が煙草吸ってるとよく寄ってきてたな」
「ああ、気づいてたんだ」
「やっぱり意図的だったんじゃねえか。たまに鬱陶しかった」
「それは失礼しましたね」
「あれはなんだったんだ?」

カウンター席に腰掛けていたリヴァイが、そう問いかけながらわたしを見た。それにあわせ、わたしも横を向いてリヴァイを見た。

「副流煙って、主流煙より害が多いのよね?」
「そうだな」
「……そういうことよ」

紫煙が2人の間の空間をふわふわ漂う。馬鹿じゃねえのか、そう呟いてリヴァイはまた煙草に口をつけた。短くなった煙草の先端が、リヴァイの呼吸にあわせて赤く瞬く。煙草に口をつけたままリヴァイはそうしてわたしを見て、咥えた煙草を右手に持って灰皿に押し付けた。左手はわたしの頬へ。
重ねられる唇と、咥内に流し込まれる主流煙と。リヴァイの吐息の熱を移されて、わたしは数年ぶりに彼の身勝手な自殺に付き合ったのだった。





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