なんでこんなことになったんだか。
赤い顔をして眠る女を眼前に、俺は思わずため息をついた。




「ノエル、今日あいてるか」
「ええ、あいてますよ」
「飯でも行かないか」
「いいですよ。…え、飯?」
「何か問題あるか?」
「いや…特には」

ノエルが訝しげに聞き返したのも無理はない。行為を目的に呼ぶことはあってもたかだか飯如きで呼ぶことは今までになかったからだった。
それではまたあとで、そう言って踵を返すノエルを見送って自分も振り返ると、ちょうどハンジがこっちにやってくるところだった。

「珍しいこともあるもんだね?」
「なんの話だ」
「ノエルちゃんさ。夕飯行くんだろ?」
「…聞いてたのか」

へらりと笑った顔を睨み付けてやるが、この変人相手に無意味であることは自分でもよくわかっていた。ハンジはノエルが消えた先を眺めて、俺に視線を戻す。

「最近仲よさそうじゃないか。あの子、こないだの異動でリヴァイの班になったんだっけ?」
「そうだ。存外よくやっている」

リヴァイの鬼っぷりに泣くはめになる子っていっぱいいるんだけどねえ、聞こえてくる声に返事はせずとも同意していた。兵士としての出来はいいとこ並レベルだが、何にも屈服しない強さがあった。おそらく奴は、自分が絶望的に不利な状況になったとしても最後まで戦い抜くのだろう。ノエルによろしくと言い残して去っていくハンジを見送りながら、俺も執務室へと向かった。終業まではまだ長い。




終業後、やや時間を置いてからいつもの場所に集合した。ホテル街ではなくきちんとした繁華街に向かえばノエルは驚いたような顔をした。

「何が食いたい」
「いえ特には…リヴァイさんは何かありますか」
「いや、お前に合わせる」

しばらく考えた末、洋食がいいと言い出したノエルを行きつけの洋食屋に連れて行った。店主に声をかけていつもの席に座ったところで、ノエルがおずおずと切り出した。

「あの、リヴァイ分隊長、これは」
「もう業務は終わってんだろうが。普段通りにしろよ」
「……これは何ですかね」
「こないだの礼だ」

何かあったかというように首を傾げるノエルの前に、ウェイターがワインを持ってきた。俺がいつも飲んでいる酒だった。きょとんとした顔でこちらを見るノエルに目で合図をすれば、グラスに口をつけてそれを飲む。

「美味しい」
「こないだの体調不良の件で世話になったから、それだ」
「ああ…あれですか」

先日、ノエルの早めの忠告があったにも関わらず体調不良が長引いた。結局生活の細々しいところをノエルに世話になり、今まで知らなかった側面を色々と見たのだった。掃除も比較的まともに出来ているし、作ってくれた粥はまずくなかった。俺は今まで食えなかった他人産料理を口にできたことに驚いたのだった。

「あんまり無理するとああなるんですよ。少しは懲りてくださいね」
「口が減らねえ奴だな」

それから2人でメニューを眺めて、好きなものを食って腹を満たした。ただ一緒に飯を食っているだけで不思議と落ち着く自分がいて、なぜだかそれに酷く辟易したのも確かだった。







「おいノエル…鍵は? どこにある?」
「中の、ポケット…です、」

洋食屋を出たあと、時間が遅くなかったのもあってつい梯子してしまった。2件目で俺が飲んでいた強めの酒をノエルが欲しがり、少し与えたら…これだ。まだ意識はあるようだが身体がついて来ないようで、今ノエルは俺の背中で呻いている。宿舎のノエルの部屋まで辿り着き、鞄の中を探して鍵を見つけ、開錠した。ドアを開ければ彼女の香りがする。ベッドの上にノエルを下ろし、きちんと送り届けたという気持ちから息を吐けば、溜息だと思ったのかノエルが目を細く開けてこちらを見た。

「すい、ませ、リヴァイ…さん、わた、し、今…」
「勘違いすんじゃねえよ。抱くつもりで誘ったわけじゃねえ」
「そう……です、か」

ノエルの指先がゆるゆるとこちらへと伸びて、俺の手に触れた。アルコールのせいで熱を持ったそれにどきりとする。目がきゅっと閉じられて、煽っているのかなんなのかわからなくて困惑する。どちらにせよ、この時間とこの体調じゃ抱けやしない。悶々としながらその手を剥がそうとノエルの手に己の手を重ねた。

「リヴァ、イ、さん」
「…なんだ」
「わたし、やじゃ、ない、んです」
「何の話だ」
「いっ、しょに…い、るの、が…」

思わずノエルの顔を見る。細い目で微笑んだその表情があまりに綺麗に見えて、剥がそうとして重ねた自分の手がやたらに熱くて、俺まで酔っているのかと思った。まどろんでいく意識をまだ手放したくなくて、もう少し彼女の口から何か聞きたくて、その手をぎゅっと握った。

「おい、ノエル、寝てんじゃねえよ、」
「りばい、さん…」

それきりノエルはすやすやと眠ってしまったようだった。穏やかな寝息だけが部屋に響いて、取り残された。
出会いは偶然で最悪で。犯したのは愚行で。続けているのは惰性か? それとも情か? まともにさわれた女だから? はじめて手作りの料理が食えた女だから? 都合のいい女なのか?
考えても答えは出ないが、眼前で無防備に眠るこの女を組み敷けば密かに熱を持った身体をなんとかできるというのに、自分は今それをしようとしない。
身体だけだと割り切るには惜しい女だと、ただそう思ってしまったのだった。

「なんでこんなことになったんだろうな…」

幸せそうに眠る女の部屋をあとにした。彼女が明日二日酔いになればいいと、八つ当たりにも近い微かな呪詛を残して。





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