寒い。ただそれに尽きた。
だが暖房を入れるような時期ではなく、部屋を暖めるのは躊躇われた。自分に充てられた部屋は他の兵士の部屋よりも広い。暖まるにも時間がかかるだろう。
こつこつと、ノック音が部屋に響いた。

「失礼します。リヴァイ分隊長、先日の打ち合わせの件ですが、書類を…」
「ああ、そこに置いておけ」

入ってきたのはノエルだった。奴とはある時を境に、図らずも妙な関係が続いていた。最近は忙しくてあまり時間が合わないが。

「…? じゃあ置いておきますよ。それから団長がお探しのようでしたので、伺った方がよろしいかと」
「エルヴィンが?」
「ええ」

あまり気が進まなかった。何より寒いから動きたくなかった。

「…少し顔色が優れないように見えますが、そう伝えておきましょうか」
「顔色は悪くないと思うが。あとで行くと伝えてくれ」
「いや、…えー、失礼します」

ノエルはそういうと俺の腕を取った。指先で手首を撫でると、視線は壁にかかった時計へと向く。脈を測っているようだった。脈を測った手がそのまま額に伸ばされて、俺は思わずその手を払った。

「…失礼しました」
「急になんだ」
「いえ、脈がやや速いので。発熱ではないですか」
「そんなことはない」
「………このまま倒れられると、困るのは他の兵士です。団長にも迷惑をかけますよ」

ノエルはそう言いながら近づいてきて、俺のペンを奪い取った。視線が早くそこをどけと言いたげだった。

「なんの真似だ?」
「分隊長の真似です。あとはわたしが引き継ぎますから、仮眠でもなんでも取ってください。いいですね?」
「なんでてめえにそんなこと言われなきゃなんねえんだ」
「こっちだって言いたくて言ってるわけじゃないですよ。わたしが言うのはこれ以上ない親切だと思いますが」

奴の言うことはもっともだった。寒気がするのは事実だったし発熱かもしれないと言われればそんな気がしなくもなかった。外に出てる時に悪化したらどこの誰かもわからない兵士に世話になる可能性がある。そう考えるとぞっとした。だが奴に世話になるならまだいいと考えている自分にもぞっとした。どちらにせよ背に腹は変えられない。

「…少し寝る。何かあったら起こせ。わかってるとは思うが、ほかの兵士が入ってきても部屋に入れるな」
「御意」
「お前も不用意に俺の私物に触るな」
「…御意」

ベッドに潜り込んでうとうとと微睡んでいると、ノエルが近づく気配がした。額にぺたりと冷たい感覚がして俺は目を開ける。おそらくタオルだろう。

「…団長のところに行ってきます。あなたの体調も報告しないとならないので」

そういって背を向けるノエルの腕を思わず掴んだ。加減が出来なかったからか、細い腕が痛みに引きつったようだった。

「……行かなくて、いい」
「ですが」
「…行くな」
「従えません。報告は義務ですよ」
「……命令、だ。行く、な、ここに…いろ」
「…はい」

逡巡したような間があって、ノエルは小さくはいと返事をした。腕を掴んだ俺の手に重ねた奴の手があまりに薄くて小さくて、命令だと言わなければ言葉のひとつも言えない自分が少し情けないと、ぼんやりとした頭で思った。





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