明日にバレンタインデーを迎えた2月13日。この時期の女の子は忙しい。それはリオも例外ではなかった。
「15、16、17…っと。よし、人数分おっけー」
手元で焼かれるのを待つのはマドレーヌ。普段からお世話になっているジムリーダーの皆や四天王の面々、それとナナカマド博士と、自分を慕ってくれる3人の子供たちの分だった。オーブンを暖め始めてからだいぶたつ。そろそろ頃合かと思い、17個のマドレーヌカップをオーブン内に配置する。温度、時間ともに良好。スイッチに手をかけた、そのとき。部屋の照明が落ち、リビングで軽快なテンポを刻んでいたオーディオが動きをとめる。活動をやめる電化製品たちの中で、スイッチを押そうとしたオーブンも例外なく動きをとめていた。
「…あれ?」
まさか、と思い外を見れば、案の定街の人たちもうんざりとした顔をしていた。突然の停電。このナギサではそう珍しいことではない。キッサキのように積雪の影響で電気がとまるなどの自然現象なら仕方ないが、原因が明確であって、さらにそれが改善可能なものなら話は別である。重い溜息をついて、リオはデンジのところに行くべく、腰を上げた。
「ジバコイル、でんじは!」
弱めの電気を流すと、ジムの自動ドアが動いて開く。
「デンジー!! あんったまたやったでしょー!!」
デンジがいると思われる最奥の場所までジバコイルに乗って向かう。思ったとおり、そこには床のタイルを外してなにやら作業をしているデンジがいた。
「あ…? なんだリオか」
「なんだ、じゃないでしょ!」
ジバコイルをボールに戻し、聞いているのかいないのかよくわからないデンジの隣に座って手元を覗き込む。無数に張り巡らされた導線が見える。いつも起こすショートとは少し具合が違うように、素人目にも思えた。
「…? なんか今日変だね」
「よくわかったな。今日はショートじゃないんだ」
デンジの顔を見て、目の下に薄い隈が浮かんでいることに気づく。
「もしかして寝てないの?」
「ご名答…寝惚けてうっかり配線間違えたみてーだわ」
ちょっと昨日徹夜してさ、そう言いながら目をこすり、導線を静かに繋ぎ直す。やがて一通り作業を終えたのか、床のパネルをもとに戻した。それを手伝いながら窓の外を見れば、もう薄暗くなってきていた。
「なあ、リオのジバコイルとピジョット、借りたいんだけど」
ボールを渡すや否や、外に飛び出していったデンジを見送ってから、暗い室内でリオはまた溜息をついた。
寒さも手伝って少しまどろんだ頃、外から声がした。もうすっかり日が落ちている。窓を開けてみればデンジと、彼のポケモンたち。ジバコイルとピジョットもそこにいた。
「リオー! よく見てろよー!」
大きな声で叫んで、ピジョットの背に飛び乗って。ポケモンたちに少し何か指示をしているようだった。
「よっしゃ、やれ! 10万ボルト!!」
リオは思わず口を開けた。
ポケモンたちの放電とともに、街に明かりが灯りだす。家屋の電気が波のように広がる。そして、遅れて輝きだすピンクのイルミネーション。浮かび上がる文字は「Happy Valentine day」。見とれているリオのいる窓から、デンジが入ってきた。
「もしかして、これのために徹夜してた、とか、」
「…クリスマスのときは何もしなかったから。電球かけるついでに街の人たちにも謝ってきた」
ピジョットをボールへと戻しながら言うデンジを見て、リオは呟いた。
「なんか、魔法みたいだった、よ」
ジムの中はもともと電気をつけていなかったのか、電気が復旧した今でもこの空間は暗かった。それを聞いたデンジは軽く笑いながら、リオを抱きしめた。
「なんてったって俺、ナギサのスターだし。このくらいの魔法は朝飯前なの」
まぶたの外で広がる魔法
リオを抱きしめたまま、デンジは壁を背にして座り込んだ。
「ちょ、ちょっとデンジ?」
「15分だけ寝かして…」
そう言ってすやすやと寝息を立て始めたデンジに苦笑しつつ、マドレーヌは明日の朝焼こうと考え直して、まぶたにそっとキスをした。