転がったままだったブラッキーが、ゆっくりと起き上がる。
かすかな呻き声をあげながら彼は赤い目をじっとレントラーに向け、嫌悪感をあらわにした。
『何…すんだよレントラー! バカデンジがいないと思って、いい気にでもなってたのかよ』
レントラーはふいっとブラッキーから目を逸らし、踵を返す。そして、リオの隣へと跪くかのように、騎士のように、いつものブラッキーのように寄り添った。
「どうしたんだよリオ、何言ってんのか全然わかんねえ。レントラーも! あんまり好き勝手なことするな」
「はは、わかんねえ、ね。無理はないよ」
「…はあ?」
顔を上げたリオの顔は、わずかに差し込む太陽の逆光で影になる。表情はわからないのに、それでも笑っているような気がした。
「だって私にだってわかんないもん、」
そういってレントラーの背をゆっくり撫でた。
「あー、でも全然わからないわけじゃあ、ないかな…はは、どっちにしたってデンジにはわかんないよ」
はは、はは、と乾いた笑いを漏らすリオがどこか空恐ろしく見えて、じりじりと後ずさる。リオはそれでも薄く笑い続けた。
『おい、デンジ』
「…なんだよ」
月の光がないためか、レントラーに突き飛ばされたときの傷が回復しないままに、ヨロヨロとしたブラッキーがどこかイラついた様子で声をかける。
『レントラーもマスターも、なんかおかしいよ、やっぱり。なんていうか…こういうヤな感じ、カントーの幽霊塔で見たことあるかもしれない』
「ヤな感じ?」
『取り付かれてるっていうのかな』
「…、」
『そもそもこの場所自体きなくさいっていうか…まさかこんなことになると思ってなかったから黙ってたけど、すごく嫌な臭いがするんだ、こう…表現できないけど』
まわりをキョロキョロと見渡しながら、ブラッキーの目がぼうっと鈍く光る。
『なんだっけかなあ…マスターが前に読んでたんだよ…そう、おくりのいずみだ! おくりのいずみって言うんだろここ、』
タチの悪いゴーストタイプがいたっておかしくないよ、そう言い放ったブラッキーに、今度こそデンジの顔にも困惑の色が浮かんだ。
いつのまにか口元に浮かべた笑顔を消して、じっとデンジを見つめていたリオが口を開いた。
「凄いでしょ、こんな辺鄙な場所、なかなか見つけられないでしょ?」
「…そうだな、よく見つけたと思うぜ」
「もう随分前だなあ、シンオウに戻ってきたときね、一緒に旅をね、してた人と見つけたの」
「…」
「デンジと見つけた場所じゃないんだよ、あんなに長いこと、一緒にいたのに。ナギサから全然離れてないのに」
まるで責められているような心地がして、耳を塞ぎたくなった。
リオが旅に出てる間、同行者がいるという話は何度も聞いていた。それが誰であるかも、俺は知っていた。
リオがどうしてこんなことを言い出したのか、一体何を考えていたのか、それがどうも透けて見えてきていた。
そしてそれは、きっと俺らの今の関係に、どういう形であれ終止符を打つのかもしれない。
「あのね、よくわかんなくなっちゃった、私」
「…」
「だからここに来た。デンジも知らないこの場所に。だからもしデンジがね、私を見つけられたらね、絶対言おうと思ってた」
「…何をだよ」
「好きだよって」
「おい、ちょっと待てよ」
「でもなんかね、違う気がして。ごめんねえ、もう口に出しちゃったからあとには戻れないんだけどね、今すごく後悔してる」
「待てって!」
「…うん、いいんだ、もう…いいんだよ、ねえ、レントラー」
弱弱しく名まえを呼べば、座っていたレントラーがゆっくりと戦闘体勢に移る。
「…行って、レントラー!」
鋭く、低く呟かれた声とともに、レントラーが地面を蹴った。
沈みかけた太陽と比例するかのように、あたりを闇が染めていく。
とらわれのおひめさま、