目を覚ますと、病的なほどに白い天井が見えた。

「ん…、」

染み1つない天井と、視界の隅に僅かに見切れる、やはり白い壁。自分が横たわっている布団もどこか真新しく、空気は閑散としているように感じられた。なぜか痛む全身に鞭を打ち、ゆっくりと起床する。

「どこだ…ここ、…ぶっ!?」

突然視界の左端から腕が伸びてきて、自分の額を進行方向と逆に押す。不意を付かれた身体は後ろに逆戻りして、真新しいシーツの上に着地した。驚いて目を見開けば、相変わらず帽子を目深にかぶったレッドがいた。

「寝てろ」

それきりいつも通りに黙りこくったレッドに妙な安堵感を覚えつつ、同時に覚えた違和感について考える。白い部屋。左腕から伸びているらしい点滴。つまるところここは病院であり、自分がそこにいることは。

(…レッドが病院にいる!?)

病室に横たわる自分と、傍らにたたずむレッド。レッドが人工物に囲まれていることこそ違和感の原因であり、ひいて考えるならば、

「…僕、またやったんだ」

ぼそりと呟けば、レッドがこちらを見たのがわかった。思い出せば、記憶の端々に残る事実を現実のものとして認められる。グリーンを吹っ飛ばしたこと、男たちをなぎ倒したこと、全て。今回のようになるのは勿論初めてではなかった。しかし今までと決定的に違うのは、「ただの私情」による怒りを言動のひとつひとつに身を任せてしまったこと。途中からは自分の意志で物事を制御できなかった気がする。ボスゴドラを諫めたり、ましてやボールに戻した記憶も無い。その状態でグリーンを吹き飛ばした。彼が無事なわけはないと、悟る。

「グリーンは? …グリーンは大丈夫なの?」

レッドはじっとユーリを見ていた。

「大丈夫だと思う。お前が寝てる間に随分良くなってると思ったけど」
「…僕、どのくらいこのままだったの」
「一週間」
「いっ…!?」

グリーンへの申し訳なさと、ここにいるレッドへの罪悪感と、自分がやったことの後悔に反吐が出そうになった。右手を持ち上げて額に当てると、向ける宛の無いもやもやを払うかのように前髪をぐしゃりと握りつぶした。

「それより、」

いつもと変わらないような淡々とした口調で、レッドが口を開く。くしゃくしゃになった前髪の隙間から見れば、太股に肘をついて指を組むレッドが横目で自分を見ているのが見えた。

「なんだ、あれは」
「え…っと」

あれ、というのがどのことなのか、何を示しているのかがわからないほど、頭は鈍っていなかった。どこから話していいものかわからず、唇を噛みしめる。じんわりと焦燥が胸中を覆っていくが、その理由をユーリは知らなかった。

「話すと長くなるけど、そんでもいい?」





「…これが、あのボスゴドラと僕の経緯っていうか…伝わった?」
「つい数時間前、グリーンとあの人がホウエンのチャンピオンになんか協力を仰ぐとかって言ってたけど」
「うっそ。それマジ? …あー、ほんっとあの2人には世話かけっぱなしだよ…」

帰ってきたらちゃんとお礼言わなきゃなあ、そうぼやいて、数刻前に胸中を覆った焦燥がなんだったのかを考える。話を聞いてからどこかすっきりしているような表情を浮かべるレッドを見て、今はそんなものもすっかり晴れていることを自覚した。

「なあ、さっき僕一週間寝てたって言ったけど…その間、ずっとここにいたわけじゃないよね?」
「…ずっといたけど」

思わぬ返答に言葉が詰まる。少しばかりの沈黙をおいて、おずおずとユーリは口を開いた。

「あり、がとう」

躊躇いがちに紡がれた言葉には、申し訳なさと感謝の念が確実に篭っていた。

「今回、さ、なんかわりと本気で怒ってたみたいでさ。後半は自分の意思で動かなかったんだよね…って言っちゃうと、すごい言い訳じみてるかな」

レッドが助けに来てくれなかったら、きっと僕グリーンのことも殺してた。そう心底悲しそうに呟くユーリからは、あの日の惨禍を引き起こした張本人だなんて想像出来ない。

「わざわざ下山、してくれたんだろ。あんなに出たくなさそうだったのに」

だからさ、ありがと。そう言うユーリをじっと見て、レッドは口を開いた。

「…それだけか?」
「え?」

他に何かやったんだっけ、とでも言いたげに首を傾げるユーリを見て、レッドの表情と目つきが徐々に厳しいものへと変化していく。

「俺、肝心なところ聞いてないんだけど」
「肝心な、とこ」
「なんで暴れたんだって、聞いてるんだ」

ひいていったはずの焦燥が、再び胸を覆うのがわかった。ここを知られたくなかったのだ。理由を知られたら、もし自分がレッドのことを引き金に事を起こしたのを知られたら。迷惑だと言われたら、うっとおしい奴だと思われたら。

「理由が、俺はわからない」

だから言えよ。そう言わずともそれを要求されていることは察しがついて、ユーリは狼狽した。

「…先に言っておくけど、あの人から男連中のことは聞いてる」
「じゃあ、あんまり渋っても無駄かなあ」

目線を一箇所に固定出来ないまま、ややあってユーリは話し出す。それにゆっくりと、レッドは耳を傾けた。

「あいつらさ、レッドのこと狙ってこの近辺にいたらしいんだ。潰そうって計画立ててた。…何を持って潰すっていうのかは、知らないけど」

思い起こすだけで眉間に皺が寄った。ユーリは続ける。

「イカサマチャンピオンだのなんだの、晒し上げて金にするだの。ありえないだろ、普通に。冗談だって許したくない」

吐き捨てるようにそう言って、口を閉じる。要点は伝わったと言いたげにレッドを横目で見れば、ぶつかる視線。一拍置いて、レッドは盛大に溜息をついた。

「…それだけ?」
「…そうだけど」
「そんなくだらない理由で怒ってたのか?」
「は…はあ?」

呆れたように見てくるレッドに、面食らったような顔を一瞬だけしてユーリも表情を引き締める。

「くだらない? くだらないって何だよ? 友達が悪く言われてて、利用されるかもしれない計画を聞いて、手伝えとか言われて、それを、くだらない?」
「ああそうだよ、くだらないよ」

間髪いれずに強い口調で言われて、不覚にも眩暈を起こしそうな感覚に陥った。実際頭に血が上り始めていたのかもしれない。レッドが悪く言われて、金の餌にされそうになった。それに対して頭に来た。その結果が先日の件だが、それでも、こんな言い方をされるものなのか?見返りを求めていたわけじゃない。ましてやレッド本人に頼まれたわけじゃない、確かに自分の独断の行動ではあった。それでも本人にここまで言われて、悲しくならない人間がいるのだろうか。目頭にじんわりとした熱が広がる予感がして、ユーリは慌てて目を逸らした。

「…はあ。お前って、俺が思ってたより馬鹿なんだな」
「…じゃあ、…そっか、迷惑だったわけだ、レッドには! 僕の心配損ってわけだね!」
「そういうことを言ってるんじゃない!」

せり上がってくる何かを必死に抑えながら怒鳴った声は、珍しく声を張り上げたレッドによって制された。

「…っ、!?」

首筋にかかる吐息。
帽子が床に落ちた音。
壁際のチェストに置かれた花瓶と、真新しい白いシーツ。
身体を包んでいる、少し温い体温。

レッドに抱きしめられていると気づくのに、少し時間がかかった。







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