ここはシロガネ山ポケモンセンター。例の一件から、一週間経っていた。

「何も聞かないのか」

気を失ったまま目を覚まさず、昏倒状態となっているユーリの病室で、じっと座ったままのグリーンはレッドに尋ねた。

「…いい。あとにする」
「そっか」

あのとき助けに来たレッドは、気を失ったユーリや負傷したグリーンを連れてユズキとポケモンセンターへと向かい、ずっとユーリの傍らでじっとしていた。ユーリが倒れた後、地元のジュンサーさんたちが来て男たちを引き連れて行ったが、加害者側であるユーリはこの通り。正当防衛とは伝えたが、過剰防衛でお咎めがくるとグリーンは思った。レッドが何を思い、どうしてユーリを助けに現れたのかは、本人の口からは聞けていない。レッドを頼むとユーリに頼んだのはグリーンであり、その件以来ユーリと連絡は取っていなかったが、少なくとも自発的に山から引きずりだすくらいには、ユーリはレッドに影響を与えていたことになる。しかし同時にこんな状況に追い込んだのも元は自分のせいであると、グリーンは思わざるを得なかった。数年ぶりに会ったというのに、共通の友人が昏睡状態であることに重ね自分もあちこち骨折している。とてもじゃないが再会を喜べる空気では無く、どことなく気まずい思いをするグリーンだが、静かに椅子に腰掛け、自分の太股に肘をついて指を組むレッドの横顔からは漠然とした人間らしさを感じていた。問題の青いボスゴドラも、主人同様に回復中とのことだった。もちろん、ウインディも無事だ。短い会話をしてすぐ、沈黙が訪れた。その沈黙を破ったのは、病室をのドアノブをひねった音だった。ガチャ、と金属音を発生させたユズキは室内の微妙な空気に戸惑うかのように逡巡してからずい、と入室した。

「…事情聴取の様子を聞いてきた」
「おお、お疲れ」

そうグリーンに報告して、レッドを横目で見る。少女の性格からして、自分から過去の話をするタイプではないと推測し、目の前の男がこの少女のことを知っている可能性を考慮した。報告だけして口を開かないユズキに気づき、自分のことを考慮しているのだと気づいたレッドが、小さいけども通る声でどうぞ、と告げて向き直る。それを聞き、ユズキも軽く頷いて手近な椅子に腰掛けた。

「私とグリーンが読んだ文献には、ボスゴドラの特殊磁場は周囲の人間の意思に関わらず負の感情を増幅させると書いてあった」
「だな。俺もそれが気になってた。…でもあのときは、」
「ユーリちゃん本人にしか影響が出ていなかった。…情けない話、戦おうなんて思えなかったな、私は」

あの瞬間のユーリの表情と、言動と、滲み出る狂気を思い出したようにユズキは肩を竦めた。あくまであの文献はムロタウンでの一件についての文献だから、今回とは事情が違うってことを前提に話をしなきゃならない、とユズキが続ける。

「事情聴取の結果、あの男たちは…えっと…非常に言いにくいんだが……レッドさん、あんたを狙っていたと自白した」

話しながらレッドに視線を移す。フイ、と視線を逸らされて、別に悪いことをしたつもりは無いのに気まずくなる。

「なんでも、レッドさんを狙ってあの麓に張ってたところにユーリちゃんに見つかって、手を組もうと交渉した結果があれ、だそうだ」
「交渉? …なんていうかそりゃ、間抜けな話だな。麓で張ってたんならユーリのことだって知ってたって良さそうなもんだが」
「知ってたってよ。知ってて声をかけたんだと」
「…そいつら、根本的に頭が悪かったんじゃないか?」

大きく溜息をつきながらグリーンが椅子の背もたれにぐ、と体重をかける。パイプが擦れるギイ、という安っぽい音が病室に響いた。

「ここからは私の推測だ。――ユーリちゃんはレッドさんをどうにかするために手を組もうと交渉してきた男たちに激昂して、その怒りに呼応してボスゴドラが呼ばれた。ここまでは文献と照らし合わせても多分合ってると思う。問題の磁場の件だけど、」
「レッドが周辺にいることを考慮した上での、無意識の制御、とか?」

グリーンがギプスを嵌めていないほうの右手をひらひらと振った。冗談混じりのように放たれた言葉にユズキが固まる。

「…まあ、安直だけど。私はそう思ってる。あのボスゴドラの特殊磁場については可能性が未知にある。それになんていうか…ユーリちゃん、真っ直ぐな子だからさ。そのくらい安直でも、間違ってない気がしてさ」

会話が途切れて、3人は無意識に眠る少女のことを見やる。規則正しく鳴る機械音が、彼女の心臓が動いていることを示していた。


今回も被害は甚大だった。見かけだけなら林が少し吹っ飛んだ、という感じだが、何しろシロガネ山付近にはそこそこ大きい木が群集しており、林というよりは森に近い感覚だ。その森が一部とはいえ吹っ飛ばされたとなると、派手さこそ無いが尋常でないのだけは見て取れる。男たちは幸いにも全員生還しているが、倒れた木々の二次災害で重症になっている者も多い。各地の中小組織もこんな風に、否、今回はレッドがいたからこの程度で済んだだけで、人工物の瓦解や、増幅された双方の怒りでもっと酷いことになっていたと想像できる。ヤクザのアジトになってるビルが多少吹っ飛んでも、噂にはなるだろうが真実を見に行く連中はそう多くないだろう。それに、取材に向かったマスコミがいても既に蛻の殻というわけで、不審なビルの破壊は迷宮入りとなる。上手い仕掛けなのかもしれない。

「とにかく、あのボスゴドラは一度研究施設に預けてみたほうがいい。…引き離すわけじゃないぞ、少しでも何かわかれば、ユーリちゃんだってこんなことにはもう、ならないはずなんだ」

苦々しく言い切ったユズキの言葉には返答が無い。しかし、その「無い返答」が無言の肯定を表していることもユズキはわかっていた。

「行動は早いほうがいいよな。どこかかけあってくるよ」

椅子からやや慌しく立ち上がり、病室のドアへと向かう。その背中にグリーンが声をかけた。

「おい、待てって。ムロタウンはホウエン地方だったよな。あそこのチャンピオンは鋼タイプに詳しかったはずだ。…チャンプだ、その一件については知ってるはずだし。たまに協会の会議で見かけるくらいで全然接点ねえんだけど、俺が行くよ」

頷いて、ユズキは外に出る。グリーンも続いて部屋を出るために立ち上がり―――幼馴染の名を呼んだ。

「なに」
「俺さ、お前が助けに来る少し前…破壊光線打たれるってあたりでさ、思ったんだよ」
「? …何を」

振り返り、レッドと視線を合わせる。

「また俺、何も出来ないままだったんだなって」
「…はあ?」
「レッドがちょうどチャンピオン騒ぎで大変だった頃、俺全然知らなかったし、知ってたってどうにかできるほど大人でもなかったしでさ、事の深刻さに気づいたときって手遅れでよ」

濁ったレッドの瞳からはいまいち何を考えてるのか読み取れなくて、それでもじっと見つめ返してくる視線を逸らすことが出来ずに、逸らすことさえ考えずに、グリーンは続けた。

「今回のユーリの件もさ、俺は知ってたんだ。こいつに昔何があったとか、そういう、また起きる可能性があることとかさ、全部知ってた」

「そういう可能性もあるって知ってたのに、俺は何もしなかった。対策とか出来たかもしれないのに、それこそもっと早くホウエンのチャンプに声かけとか出来たのにさ。ユーリなら大丈夫かなとか思ってた。逃げてたんだよ、俺はさ」

そこまで言ってグリーンは目をとじた。そのまま方向転換して、ドアノブに右手をかける。半分まで回して、首から上だけレッドに向けた。

「だからさ、」

意志を固めたと人目で分かる瞳がレッドの濁った網膜を刺す。

「俺、もう逃げたりしねー。俺が守るよ、お前のことも、ユーリのことも」

んじゃあユーリが起きたら連絡くれ、そう言って今度こそ病室を出ていったグリーンの背中を見送って、ユズキが来る前と同じようにベッドの方向を向いて、指を組んだ。そのまま静かに、小さくため息をついて、組んだばかりの指をほどき、帽子のつばをつかむと、軽く下に下げた。

「…しばらく見ないうちに、なあんか、」


かっこよくなっちゃって、さ。






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