木々がまばらに消え失せ、青い青いボスゴドラがまるでその場を支配せんと、獰猛な呻きをあげていた。

「なんだよ…あれ…」

呆然とするグリーンのあとに続いて、ユズキが口を開いた。

「おい見ろ! ユーリちゃんだ!」

吠え立てるボスゴドラの傍らに、ユーリが歩み寄る。ボスゴドラはそれでも唸ることをやめない。まるで、破壊し足りないとでも言うかのようだった。

「ユーリ!!」

歩み寄るユーリの後ろ姿に、グリーンが声をかけた、刹那。一瞬のうちに声のする方向へ振り向き、手を手向ける。その身体の動き、腕から手の先までの動きと連動するかのようにボスゴドラが破壊光線を打った。つまり、グリーンへと。

「…ぐあっ!?」

あまりの速さに、ウインディは避けるための予備動作をすることも敵わずに直撃する。真正面から攻撃を受け、その衝撃で吹き飛んだ。

「グリーン! ウインディ!」

激しく舞う砂埃の中に、横なぎになったウインディの姿がある。背に乗っていたグリーンも無事とはいえず、その背から放り出されて横たわっている。ユズキはピジョットを降下させ、背から降りてグリーンを抱き起こした。

「大丈夫か!?」
「数本は折れたな…くそ」

あちこちに傷を作り、流血しながらグリーンは苦々しく返事をする。無理をさせられないとわかったのか、ウインディを大事そうに戻した。自分に容赦の無い攻撃を浴びせてきた元凶を見やる。随分な距離を吹き飛ばされたようだ、と内心で毒づく。前を見据えたグリーンの視線の先にはユーリがいる。青い死神を引き連れて、ゆっくり、ゆっくりと、確実に一歩ずつ、こちらに迫ってきていた。口元には歪な笑み、見開いた瞳は濁り、瞳孔が肥大しているのが視認できた。狂気を感じさせるようなその気味の悪い表情からはただ「破壊したい」という欲求しか読み取ることはできなくて、瞳を覗き込んだらその狂気に侵食されそうで。

「これじゃあどっちが死神って呼ばれてたんだか、」

それともセットで死神呼ばわりされてたのか。どっちにしても自分の予想を超えた狂気だということに気がついて、グリーンは眉間に皺を寄せた。


「おい、グリーン」
「…なんだ」
「磁場の影響って、無差別に来るものじゃなかったのか? 私たちには及んでいない…ユーリちゃんにしか、影響が無いように見えるが」

ボスゴドラから発せられる特殊磁場は周囲にいる人間の負の感情を増幅させる。文献ではそうだったはずだ。ここはシロガネ山の麓で、そしてそのシロガネ山にはレッドがいる。周りで気を失っている男たちの風貌、そしてアジトらしきものがあった気配から、ユーリとこの男たちの間で何か問題が起きたことは明白だ。こんな人里離れたところで、しかも野生ポケモンのレベルも高いこのシロガネ山の麓に居を構えるなどという凶行は考えられない。十中八九レッド絡みのことだろうと推測せざるをえなかった。
―――レッドの存在が、特殊磁場自体に影響を与えている?
レッドのそばにはピカチュウがいる。しかもそのへんにいるようなピカチュウではない、あのレッドのピカチュウだ。関係が無いとも言い切れないが、今考えていても仕方が無い。スッ、と再びユーリが手を向ける。ボスゴドラが緩く口を開いて、そこに光が吸収されていく。

「…ボスゴドラ」

狂気に染まった瞳がゆっくりと細められる。その表情を見て、グリーンは動けなくなった。折れた骨の痛みなんてもうわからない。ただ、あんな顔をするユーリなんて、信じられなくて。細めた瞳の、ひいては眼球の奥には、殺意しか無い。死神女。そう呼ばれた彼女の、殺意。ふと、レッドが自分に向けた、労わるような、気遣うような表情を思いだす。あんな顔までさせていたのに、自分は何も出来ないままで。気づいたときにはもう事は終息に向かっていて、肝心のレッドは、心すらも遥か遠くへ。

(…俺は、また)

何も出来ないまま、知らないまま、現実だけを知る。
動かないグリーンを支えながら、覚悟したのはユズキも同じようで、戸惑ったように鳴くピジョットとヤミカラスをボールに戻し、ひたすらにユーリの瞳の奥を見つめ続けた。

「、破壊光線」

ボスゴドラの口元が眩しく光って、反射的に目を瞑った。





「ッピカチュウ、かみなり!」

光線が迫ってくる質量を感じ取る前に、激しい電撃音。しばらく電撃音は周囲にその虎のような鋭さを持った轟音を響かせ、やがて静かになった。ゆっくりと、目蓋を開く。まず視界に入ったのはウインディの脚。

「ウイン、ディ?」

グリーンのウインディは先ほどボールへと戻したはずで、ダメージ蓄積もあるはず。混乱する2人を余所に、そのウインディの足元、自分たちの目の前に、何か黄色い影が着地した。

「ピーピ!!」

黄色い足と、茶色の縞模様。しばらく音沙汰にしていた、少しハスキーな鳴き声。ということは、目の前にいるのは、おそらく、ユーリのウインディで。

(ピカ、チュウ)

それが何を意味するのかを理解する前に、ばっ、とグリーンは顔を上げた。まさか。

「…レッド!」
「レッド…!?」

レッドは背後の2人に振り返ることもなく、ウインディの背に跨ったまま、帽子のつばをぐっと下げた。そこではじめて、2人は先ほどまで目の前にいたボスゴドラが倒れていることに気がつく。ピカチュウの放った電撃により自らの破壊光線が押し戻され、結果的にそのどちらのダメージも負うことになったボスゴドラは、完全に気を失っているようだった。倒れたボスゴドラをまるで焦点の合っていない目で見つめるユーリは、そのまま何の反応も示さずに立ち尽くしている。レッドはゆっくりとウインディの背から降り、飼い主の動向に嘆くかのように項垂れるその背を撫でると、ユーリに近づき、自分の帽子を取って頭に被せた。

「もうやめろ、ユーリ」

たった一言。その言葉からワンテンポ遅れて、ふっと力を失ったユーリの身体を、レッドがそっと抱きかかえた。






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