「なんだ? 何が起きてる!?」
セキエイリーグ詰所は混乱状態にあった。断続的に続く地鳴り、時折起こる地震。その規模も大小に渡り、いつ大きい波が来るのかは、設備がないこの場所では予測がつかない。
「シロガネ山ポケモンセンターから連絡入りました! スピーカー切り替えます!」
詰所内のすべてのスピーカーに電源が入った。ユズキもそれに耳を傾ける。薄くノイズが入っていることに気づき、眉を顰めた。
『……らシロガネ……モンセンターです! ……近辺…て…特殊磁場……を確認………た! …センター内……機……ほとんどが停止……ます……』
スピーカーの音量があげられる。ノイズが酷く、ジョーイさんの声が聞き取りづらい。だが確かに、今ユズキの耳に「特殊磁場」という単語が届いた。その単語には聞き覚えがあった。先日トキワジムのジムリーダーに送った文献の中にあったはずだ。おそらく、この異変の原因にあの少女が関わっているはず。すぐにポケギアを取り出し、グリーンに連絡を入れようと電源を入れる。磁場の影響はまだ詰所まで来ていない。繋がった電話で簡潔に話をつけ、騒然としている詰所内に聞こえるように声を張り上げた。
「私、見てきます!」
何が起きているのか。飛び出したユズキの背中に冷や汗が伝った。
ドオン、ドオンと妙な地響きが続く。揺れるウインディの背から周囲を見渡せば、イワークやドンファン、果ては滅多に見かけないバンギラスまでもが何事かと動揺し、せわしなく動きまわっている。山の出口はもうすぐそこにある。ウインディの背についている腕に力を込めて身体を支える。ウインディもそれを察したかのようにスピードを上げた。出口が目の前に迫る。
15メートル、10メートル、6メートル、2メートル――― ……
「…っ!」
瞬間、太陽光がレッドに容赦なく襲い掛かった。こうやって陽に当たるのはいつぶりだろうか。瞳孔に降り注ぐ日射を、虹彩がうまく調整できない。生理的に浮かんだ涙をぬぐう。まぶしい。日の光が眩しいと感じるなんて、走るウインディの背に跨ってきる風が心地よいだなんて、
「…あー…くそっ」
リザードンに乗って飛んだ記憶が甦る。肩に乗せたままのピカチュウも眩しそうに声を漏らした。思い出したら、急に会いたくなって、切なくなった。リザードンの背にのって空を駆けて、カメックスの砲台の上に足をかけて風に当たって、フシギバナの傍らで日光を浴びて。ラプラスの背中に座って釣りをして、カビゴンと一緒に昼寝して、…ピカチュウと、みんなと一緒に笑って。もちろん近くにはグリーンと、散々迷惑をかけたその連れの事務員と、切なくなったんだ。会いたいような気がしたんだ。俺を山から引き摺り下ろした女に。俺に世界を、感情を、思い出させてくれた、あの女に。
「…ユーリを探すんだ! ウインディ!」
そうだ、俺は。
山から、降りたのだ。
「見つかったか!?」
「ヤミー!」
こっちだ、というように羽をばたつかせ、方向転換をするヤミカラスの後を追う。山の麓まで来ると、詰所での揺れなんて目じゃないくらいに地震が起こっていた。地面が揺れて、地鳴りも続いて、歩くのすらままならないままユズキは走る。
「ユズキ!」
呼ぶ声に反応して振り向けば、グリーンがウインディの背に跨ってこちらに走ってきていた。
「ユーリは!? 見つかったか!?」
「ああ、今ヤミカラスが見つけたらしい! こっちだ!」
グリーンは素早くピジョットを繰り出すと、ユズキに乗るよう促した。
「ヤミー! ヤミヤミ!!」
急かすように喚くヤミカラスを追って、ユズキを背に乗せたピジョットが宙に浮く。
その瞬間だった。
ドオ― … ン
「…っ!?」
「なっ…、ユズキ、危ねえ!」
一際大きな、衝撃が空気の間をすり抜けてユズキとグリーンの周囲を抜けていく。抜けたそばから山の斜面が崩れだす。
「飛んでくれピジョット!」
「かわせ、ウインディ!」
雪崩れてくる土砂を避けて、その先に見えた光景に、2人は絶句した。
地獄絵図。
まさに、その言葉に尽きた。
山であったはずの場所には広く土地が開拓され、現在進行形でまた土地が拓けて行く。あちこちに男たちが行き倒れ、走って逃げ惑う者も、ある一点から放たれる光線によって倒れる。光線はそのまま木々をなぎ倒し、やはりまた土地が拓けていく。そう、暴れまわっていたのは―――
青い青い、ボスゴドラだった。